一章:新たなる目的、アリシアの進化!

#008 幕間──魔族嫌いの少女。

 これは、ライアが魔族に転生する数日前の出来事である。


 シャロア帝国。

 そこは人間界の北端、魔界と同じ大陸に存在する人間の生存圏。


 科学技術が進歩したこの世界において、未だ神秘の残る唯一の領域。


 人間は魔界に侵攻するため、魔族は人間界に侵攻するため、二つの種族は百年以上に渡って戦争を繰り返していた。


 最前線に立って戦っているのが、シャロア帝国陸軍。

 そして海軍である。


 そのうち、ライアの所属していた陸軍第一師団。

 陸軍の中でも最強と名高い、精鋭集団である。


 その第一師団を圧倒的手腕と才覚で纏め上げ、女性ながら最高責任者の立場にまでのし上がった師団長──ノクナレア=エルゼ。


 容姿は淡麗で、癖のある銀色の長髪。

 左目を眼帯で隠し、抜群のプロポーションを軍服で覆っている。


 淡く大人の色気を纏う、怪しげな雰囲気の女性だ。

 表情は常に、ニヒルな笑いを浮かべている。


 場所は帝国帝都に本拠地を構える、陸軍本部の執務室。

 ノクナレアはデスクチェアに座り、デスクの前に立つ少女と話をしていた。


 陸軍少佐ジェルス=アンヴァル。


 小柄で凹凸の少ない体。

 クリーム色の短髪と、端正な顔立ちを兼ね備えた少女である。


 ノクナレアが統治する陸軍は、完全実力主義。

 実力さえあれば、どんな人物でも将校の座に就くことが可能である。

 

 ジェルスもその一例だ。

 事実、ジェルスが今の地位に就けたのはノクナレアの助力が大きい。


 故に、ジェルスはノクナレアに絶対の信頼を置いている。

 しかし、それでも到底納得できない命令をノクナレアが下すのであった。


「魔王の娘、アリシアは我々陸軍で保護する。それがグロリアとの約束だ」


 微笑みながら、優しい声音で語るノクナレア。

 だが逆に、ジェルスは憎しみの籠った声音で言葉を返す。


「何故ですか! 我々の目的は、魔族の殲滅だったはず! だと言うのに、閣下は魔族と手を組むと仰るのですか!」

 

 声を荒げ、冷静さを欠いた言動をするジェルス。

 それを宥めるように、ノクナレアが続ける。


「君が怒る理由も分かるよ。君と同じように、魔族に親しい人間を殺されて軍に入った人間は多い」


 魔獣──魔族の中で最も数が多く、魔力は持つが理性を持たない獣。


 魔獣による被害は帝国中から報告されており、犠牲者の数も少なくはない。

 かく言うジェルスも、魔獣に親兄弟を殺されているのだ。


 ノクナレアが続ける。


「だが彼女は違う。彼女の父親、先代魔王は魔族と人間の共存を望み、アリシアもその思想を継いでいる。だとすれば、我々はもう魔族と争う必要がなくなるわけだ」


 それは不可能だ。

 ジェルスはそう確信していた。

 

「だからと言って……私自身、そう簡単に魔族を許すことができるとは思いません」

「いいや。何も、君が復讐を諦める必要はないんだよ。そも敵が違うだけなのだから、ね」


 聞いて、冷静に状況を整理するジェルス。


 ノクナレアの言う通り、陸軍の敵は魔族だけではない。

 現状、同じ人間でさえも敵となる可能性があるのだ。


 ノクナレアが続ける。


「戦争は儲かるからね。人間も魔族も、地位の高い者ほど戦争が続くことを望んでいる。しかし、法の整備された現代では、昔ほど人間同士で戦争を起こせなくなった。だから人間と魔族の上層部が結託し、決して終わることのない戦争を始めたのだよ」


 ここまでは、ジェルスも理解している話である。


「そこで犠牲になるのは、我々のような兵士や一般市民さ。戦火に巻き込まれて被害を受けるのは勿論、重税によって毎日を生きることすらままならない。この現状をどうにかすることが、我々が成すべき使命さね」


 聞いて、俯くジェルス。


 ノクナレアの言っていることは全て事実だ。

 しかし、理屈では分かっていても割り切ことができない。


 そのことをジェルスの表情で察したノクナレアが、優しくジェルスの頬を撫でる。


「無理もない。君はまだ子供なんだから、自分のワガママを優先していいんだよ。でもね、食わず嫌いは良くないと思うんだ」


 ノクナレアはそのまま手をジェルスの頭に乗せ、撫でながら続けた。


「一度、アリシアと会ってみるといい。君は理屈で語るより、行動で決めるタイプだからね。ここで問答を繰り返すより、直接本人と会った方が手っ取り早い」


 ニッコリ笑顔で語るノクナレア。

 しかし、ジェルスは苦い顔で言葉を返す。


「もし……そのアリシアという魔族が、ノクナレア様の予想に反して人間に害を成す存在であったら?」

「そしたら、躊躇わず始末するといいよ」


 言って、ジェルスから手を話すノクナレア。


「君の判断なら信用できるからね。でも、私はそうならないと思うな」


 聞いて、思わずため息を吐くジェルス。

 

「またいつものですか?」

「その通り。アリシアはいい魔王様だ。君の溢れんばかりの復讐心でさえも、優しく包み込んでくれるだろう」


 ノクナレアの左目は、

 故に、彼女の予想は絶対に的中するのだ。


「まあ、未来はいくらでも変化するからね。私の予知も完璧じゃない。君は君の思う通りに動けばいい」

「分かりました」


 諦めたかのように、言葉を吐き出すジェルス。


「ですが、対話はに任せます。私はその、あまり人と話すのが得意では……」

「そうだね、それがいいだろう」


 聞いて、満足したように椅子へ座るノクナレア。

 

「というか、君が戦うべき相手は決まっている」


 ふと、思い出したかのように続けるノクナレア。


「ライア=ドレイクという兵士を知っているかい?」


 聞いて、ジェルスが知る限りの情報を思い出す。

 極北前線の英雄、ライア=ドレイク。


 たった齢十五の子供ながら、戦場で暴れ回るその姿はまさに鬼神。

 兼ねてからノクナレアが目をつけていた、優秀な兵士である。


「その兵士が、どうかしたのですか?」

「海軍が我々の邪魔をしたがっている。その一環で陸軍の優秀な兵士を潰し、そのライア=ドレイクが新しい標的に選ばれた」


 現在、シャロア帝国国内は二つの派閥に別れ内戦状態にある。


 陸軍を中心とし、改革を押し進める新体制派。

 海軍を中心とし、古き悪習に囚われた旧体制派。


 そしてアリシアが目撃されたのは、人間界北部の前線地帯。

 ジェルスが察した次の瞬間、ハッキリとノクナレアが告げる。


「アリシアは死んだ人間を魔族として蘇らせることができる。おそらく、ライアはアリシアの下に就くだろう。いいや、そういう運命なのさ」


 言って、微笑みながら続けるノクナレア。


「君はライアと戦うといい。それで主の格を測るんだ。そしてできれば、君が勝ってくれると私は嬉しいな」


 後に、ダリオが言い残したファラスの地にて。

 ライアとジェルス、二人が戦うこととなる。

 

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