#003 これが魔族の戦い方です!

 挨拶を交わした後、俺たちは森へとやってきた。


「ライアさんは魔族になったばかりなので、まずは基本的なことから学んでいきましょう」


 道中、グロリアさんが説明してくれる。


 曰く、魔族の戦い方をレクチャーしてくれるとのことだ。

 これは、俺にとって願ってもいない機会である。


 俺には戦い以外の特技がない。

 俺が二人の役に立てるとしたら、それは戦闘面でのことだ。


 そして魔族は人間よりも、戦いに向いている種族なのである。

 なら魔族として、戦闘経験を積むことが役に立つための近道なのだ。


「ムニャムニャ……。ライア、もっと余を褒めるがいい……」


 俺の背中で爆睡中のアリシアが、寝言を漏らす。


 どうやらアリシアはおねむだったようだ。

 俺と話した直後にパタリと眠りについてしまった。


 それを俺がおぶってここまで連れてきたわけだ。

 グロリアさんが礼を言う。


「ありがとうございます、ライアさん。アリシア様を背負っていただいて」

「いえいえ。このくらい、下僕として当然の努めですよ」


 俺が返すと、グロリアさんがクスッと笑いながら続ける。


「アリシア様ったら、もう夜も遅いんだから寝なさいと言っても……『余の初めての眷属なのだ。この人間が目を覚ますまで、余は決して眠らないぞ』と言って、ずっと寝ずに起きてたんですよ?」


 それは、なんともアリシアらしい振る舞いですね。


「結果として、ライアさんに迷惑をかけてしまって……申し訳ありません、すぐに寝かしつけるべきでしたね」

「とんでもない。迷惑だなんて、これっぽっちも思っていませんよ」


 むしろ感謝しているくらいだ。

 

 アリシアのために働く。

 今までのクソッタレな人生と比べれば、余程やりがいを感じる仕事だ。


 誰かの役に立っていると実感できた。

 それだけでも俺の心は救われる。


「そう言っていただけると、私としても助かります」


 グロリアさんが感謝の言葉を並べてくれる。


「本当に……ライアさんのような優しい方が、アリシア様の眷属になってくれて良かった」


 ……。

 俺は優しい人間じゃありませんよ。


 仕事となれば非情に徹しきる。

 例え相手が命乞いしようとも、躊躇いなく殺してきたような外道だ。


 だからこそ、二人とのやりとりは心が満たされる。

 何よりも輝いて見える、黄金のような生活だ。


 俺はこの生活を守り抜くため、一刻も早く強くなりたい。


「そんなことより、早く修行しましょう修行!」


 だから俺はグロリアさんに向かって、急かすような言葉を発した。


「まず何をすればいいんですか? なんでもしますよ、俺は」

「そう、ですね……」


 少し考える素振りをしてから、グロリアさんが答える。


「じゃあ、まずは魔力を扱うところから始めましょう」

「魔力?」

「魔力というのは、魔族が扱う特殊なエネルギーのことです。元となるのは生物の生命エネルギーであり、修行を積めば人間でも扱えるものです」


 なるほど。

 その魔力ってのが、魔族の超パワーの源。


 つまり魔力を使いこなせば、俺にも超能力が扱えるようになるわけだ。


「あ、シートを敷くのでアリシア様はそこへ寝かせてください」


 グロリアさんに促されるまま、俺がアリシアをシートへ運ぶ。

 木陰の下に敷かれたシートの上に、優しくアリシアを下ろした。


 変わらず熟睡するアリシア。

 よだれも垂れて、可愛い寝顔だ。


 この顔を見ているだけで、体の奥底からやる気が溢れ出てくる感じがする。


「早速始めましょう。それではライアさん、まず私が言うことをイメージしてみてください」


 グロリアさんの指導が始まる。


「貴方の体内を流れる生命エネルギー。それが表面に現れるようなイメージです。具体的には、力を抜いて水の上に浮かんでいるような……全身を、うっすらと膜が覆っているようなイメージです」


 全身をリラックスさせながら、言われた通りイメージしてみる。


「心配しないでください。ライアさん、貴方は魔族の体に適合しました。その時点で、魔力を扱える才能は十分だと判断されているはずです」


 ふと、全身があたたかくなっていくのを感じる。


 この感じ、前にも感じたことがあるような……。

 確か、死に際でアリシアが俺の手を握ってくれた時だ……。


 あの時と同じ感覚が全身に広がる……。

 これが生命エネルギー……いや、魔力なのか。


「素晴らしい才能です、ライアさん。簡単に成功してしまいましたね」


 グロリアさんが褒めてくれる。

 どうやら最初はクリアできたようだ。


「それでは、そのまま集中していてください。次のステップに進みます」


 グロリアさんに言われ、気を引き締める。


「今度は魔力を一点に集中させてみましょう。目を閉じ、耳に力を集中させてみてください」


 全身の魔力を流し、頭へ向かって移動させる。


 ゆっくりと、足先の魔力さえ全て耳へ移した。 

 瞬間、透き通るように音が聞こえる。


「成功すれば、今まで聞こえなかったものが聞こえてくるはずです」


 グロリアさんの言う通りです。


 ええ、ああ……。

 何もかもが聞こえますよ、グロリアさん。


 小川のせせらぎ、鳥のさえずり、吹き抜ける風と、揺れる草木の音。

 人間だった頃より、遥かに聴力が増しているのを感じた。


「これが魔力を扱う技術、『魔術』の基礎。魔力を纏った部位の強化です。この他にも、魔力の放出や変化。色々な運用方法がありますので、どんどん学んでいきましょう」


 グロリアさんの言葉を聞き、確信した。


 視力を強化するのも良し、身体能力を向上させるのも良し。

 魔力を使いこなせば、あらゆる能力で人間のそれを凌駕できるのだ。


 単純な殴り合いでは、俺はもう人間相手に負けることはない。

 こんなの、もうほとんど無敵のパワーじゃないか。


「順調ですね。さて、早速次のステップへ進みたいのですが……」


 グロリアさんが言い淀む。


 どうしたんだ?

 何か気になることでもあったのか?


 ……って。

 俺も今になって、ようやくその理由が分かった。

 

 俺がハッとした表情をすると、グロリアさんが言う。


「ライアさんにも聞こえましたか」

「ええ、これは確かに……」


 助けを呼ぶ声だ。


 俺たちは普通に入ってきたが、この森は凶暴な猛獣がわんさかと住むとても危険な森なのである。


 人間なら、猛獣に襲われて死ぬことも珍しくない。

 察するに、この森の中で誰かが猛獣に襲われているようだ。


「……けど。俺にはまだ、どこから聞こえてくるのかが分かりません」

「北西二百メートル。どうやら、襲われているのは女の子のようです」


 距離も方角も完璧に聞き分けるグロリアさん。


 流石グロリアさんだ。

 能力の精度が俺と段違いである。


「ちょうどいい、ライアさん。修行がてら、女の子を助けてきてください」


 グロリアさんからの提案。


 当然、女の子を見殺しにするわけにはいかない。

 それが修行と同時にできるのなら、一石二鳥だ。


 そう考えた俺は、即座にその場から駆け出した。

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