魔王、育てます!
イルティ=ノア
人間界編
序章:俺、魔族になります!
#001 人間辞めます!
全身を拘束され、頭に銃口を突きつけられる。
思わずため息が出るほど分かりやすい、絶体絶命の状況だ。
「ライア=ドレイク。こうなっては、流石のお前でも抵抗できまい?」
拳銃の引き金を握る男が、冷淡に告げる。
場所は真っ暗な森の中。
助けを呼んだところで、近くに人がいるとも思えない。
ましてや、俺を取り囲むのは歴戦の兵士たち。
昨日まで一緒に仕事をしていた、同じ軍の仲間たちだ。
だからこそ、抵抗は無意味だと諦めざるを得なかった。
「どうしてこうなるんだよ……」
俺が銃を持つ男に尋ねる。
静かに、だが溢れんばかりの怒りを籠めた声で。
「なんでアンタが俺に銃を向ける? なあ、親父?」
俺の育ての父親──ダリオ=ドレイク。
軍における上官であり、戦いの師でもある。
俺がこの世で最も信頼する相手だ。
そんな相手に突然命を狙われれば、誰だって困惑するだろう?
「何を不思議がっている? 散々教えたはずだろう? 使えない道具は切り捨てられて当然だ、と」
だが男は、あっさりとそんなふざけた台詞を言い放った。
俺の信頼を踏み躙る、最悪の一言を。
「……アンタにとって俺は道具かよ」
俺はあまりの悔しさに、キツく奥歯を噛み締めながら言う。
戦争孤児だった俺を拾い、赤ん坊の頃から十五年も面倒を見てくれたのがこの男だ。
俺は男のことを本当の父親同然に慕っていた。
その恩に報いるため、今まで男の下で必死になって働いてきたんだ……。
なのに、この男にとって俺はただの使い捨ての道具だったと?
冗談じゃねぇ。
この男を許しちゃならねぇ。
ありったけの憎しみと怒りを込めた表情で、俺は男を睨みつける。
「……なんだその目は? 今がどんな状況か、まるで理解できていないようだな?」
言って、男は俺の頭に向けた銃口を下へズラす。
次の瞬間。
ダンッ!
俺の右足へ向かって銃弾が発砲された。
「……ッ!?」
痛みで思わず声が漏れる。
銃弾が太ももを貫通し、溢れ出る血。
傷口が焼けるようにクソ痛ぇ。
苦痛で顔を歪める俺を、嘲るように男は続ける。
「これで理解できたか? 少しでも長生きしたければ、あまり私を怒らせるなよ? 分かったら、黙って私の話を聞いてもらおうか」
ああ、よーく理解したよ……。
この男は俺の父親でもなんでもねぇ。
他人の命を弄ぶことに何の躊躇もない、最低のゲス野郎ということを。
「なあ、ライア。正直言って、私はお前に嫉妬していたのだよ」
言いながら、男は再び俺の額へ銃口を押し当てる。
……この男はいきなり何を言い出すのだろうか?
俺に嫉妬していた? この男が、何故?
「お前のその圧倒的な強さ……。戦場に出れば、他の誰よりも多くの敵を仕留めた。まごうことなき英雄の活躍だよ。それにその若さ。まだ伸び代があるのというのだから、恐ろしいことこの上ない」
……望んで手に入れた力じゃない。
俺にはたまたま殺しの才能があっただけだ。
だから運良く戦場で生き残ることができた。
でなければ、誰が人を殺したいと思うのだろう?
敵を仕留めた感覚も、絶えず浴び続けた血の感触も……とても心地の良い代物じゃない。
今も思い出しただけで、吐き気がするほど最悪の気分になる。
それも全て、この男の為にと思って耐え続けてきた。
「だがお前が活躍するほど、私の功績は目立たなくなってしまうからな。ハッキリ言って目障りだった。だから軍に根回しして、こうして、ようやくお前を始末する許可を貰ったんだ」
初めて聞いた父の本音。
ハッキリ言って反吐が出る。
これほど我欲に塗れた男だったとは……。
「しかし、お前が使える道具というのもまた事実だ。ここで失うには惜しいほどに、な。だから取引をしよう。お前を生かす代わりに、今後お前の功績は私のものとして扱わせてもらう」
下卑た笑みを浮かべながら、のたまうことを辞めない男。
心の底から吐き気がするよ。
こんな男を慕っていた、何も知らなかった今までの自分に……。
俺は怒りも悲しみも飲み込んで、静かに冷め切った表情で口を開く。
「ああ、いいぜ。俺の功績でも何でも持ってけよ」
聞いて、男は更に口角を釣り上げ笑う。
それを見た俺は、ゆっくりと最後の覚悟を決め、
ぺっ。
口に溜め込んだ唾を、男の顔面に吐き捨てた。
「だが、アンタに従うのは二度とゴメンだ」
男は左頬についた唾を拭ってから、
「残念だよ、ライア」
ダンッ。
ゆっくりと引き金を引いた。
銃弾が俺の頭を貫通する。
傷つけちゃいけない部分を傷つけられた。
明らかに即死だ。
拘束を解かれた俺は、指先一つも動かせずに地面へ倒れ込む。
視界もボヤけて、もう何も見えない。
だが、かろうじて耳だけは聞こえる。
男たちが引き上げていくのが音で分かった。
近くに誰かいて助けてくれる、なんて都合の良い展開が起こるとも思えない。
……マジか。
……こんなとこで死ぬのか、俺。
……いや、最後にあんな啖呵切っておいて……今更死にたくねぇとか、我ながらちょっぴりダサいとは思うが……。
それでもやっぱ生きたいと思った。
やりたいことも沢山あったのに……。
結局、何一つできず仕舞いの人生だった。
もし次の人生があるのなら……。
やりたいことは何でもやろう。
そして笑いながら死んでやる。
大勢の家族や仲間に囲まれて、俺を思っている人がいて、そして……。
……なんて、そろそろ意識もヤバくなってきた……。
「なるほど、余をこの場所へ導いたのは貴様だな?」
突然、聞こえるはずのない声が聞こえた。
まだ幼い少女の声。
死神か、はたまた天使の声か?。
「強い魂だ。余が引き寄せられたのも納得できる」
声の主は優しく俺の右手を掴む。
とても暖かい、安らぎを感じる体温だ。
「どうせ消えるならその魂、余のために役立ててもらうぞ?」
その時、俺は全身を安らかな温もりが包んでいくのを感じていた。
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