後日談2 あなたは私の心の支え

 清川は、ボーッとベッドに寝転がって天井を眺めていた。

 時刻は十二時。

 清川が寝るにしては随分と遅い時間だ。

『お疲れ様です』

 清川の視界に、一枚の紙きれが入ってきた。

 丁寧な字で書かれたそれは、守護者が清川に話しかけるために書かれたメモだ。

「ありがとう」

 母に独り言を言っていると勘違いされないように、声を抑えて言った。

 空中に浮いたペンが同じく宙に浮いたメモ帳にサラサラと文字を描くのを、何とはなしに眺める。

 こうしてみていると、昔から無意識に縋っていた自分だけの神様は実在したのだと実感できた。

「本当に、いつもありがとうね」

 独り言のように呟いた。

 その言葉が守護者に届いたかどうかは、分からない。

 やがて、守護者は一枚のメモを清川に見せた

『瑠璃さんと、たくさんおしゃべりできて良かったですね。ですが、今日はもう遅い時間ですから、眠りましょうね』

 金森ならまだ十二時じゃない!? と文句を言い出すだろうが、相手は健康優良児の清川なので眠ることに不満はない。代わりに、

「うん。ねえ、今日は一緒に、寝てくれる?」

 と、随分と甘えた言葉が、スルリと口から飛び出た。

『なんだか、今日は甘えん坊ですね……いいですよ。私は普段、あまり眠りませんが、たまにはたくさん眠ってみるのもいいですね。戸締りを確認してくるので、少し待っていてください』

 そう書いて、守護者は部屋を出て行った。

 守護者の言った通り、この日の清川は遅くに帰ってくる母親を、金森と一緒に作ったおにぎりと一緒に待った。

 そして、おにぎりを食べながらおしゃべりをした。

 もう随分とまともな会話をしてこなかったため、初めは互いにぎこちなかったが、大切な友人である金森と赤崎を話題に出すと、清川自身も驚くほどたくさん話をすることができた。

 瑠璃も、そんな清川の姿に驚きつつも嬉しそうに話を聞いていた。

 幼い頃の、あの時の話はしなかった。

 触れたくないから話さなかったというより、清川の中で一応の決着は着いていたから、今更持ち出さなくてもいいかな、と思ったのだ。

 それに、暗い話よりも大好きな友達の話がしたかった。

『できたら、守護者さんの話もしたかったな』

 どう話しても守護者の存在は受け入れてもらえないだろうし、最悪の場合、精神科に連れて行かれる可能性もある。

 そのため、守護者の話はしなかった。

 しかし、普段は意識しないほど身近で、気が付かない内に自分の身も心も救ってくれていた存在の話を、本当は一番に話したかった。

 私には素敵な神様がついてくれてるんだよ、なんて子供っぽく大袈裟に言って自慢してやりたかった。

 清川が子供になって大暴れしたあの日、清川の見える世界は他の三人に見えていた世界とは異なっていた。

 あの日、清川に見えていたのは、ひたすらに真っ暗な世界だった。

 どうしようもなく苦しくて、寒くて、怖くて、痛かった。

 ただでさえ辛い目に遭っているのに、真っ黒い小さな影が媚びるように、ゾンビみたいに近寄ってくる。

 これはいらない。

 幼い清川はそう感じた。

 しかも、その影が近寄るほど寒くて痛くなる。

『あの大きな影の二人は、響ちゃんと怜君、だったんだよね。でも、まるで、あの日家に来た不審者みたいに、見えたの』

 今となれば吹き飛ばしたりして申し訳なかったな、と罪悪感を覚えるが、あの時の清川は自分を守るのに必死だった。

 ダラダラとあの日を思い出しているうちに、守護者が戻ってきた。

『ただいま。遅くなってしまって申し訳ありません。眠りましょうか』

「うん、おやすみなさい」

『おやすみなさい』

 布団がもぞもぞと動いて、隣に何かが入ってきたのが分かった。

 触れることはできないが、確かにそこに何かがいる。

 途端に清川の胸はポカポカと温かくなった。

『ああ、なつかしいな。温かい』

 泣きじゃくっていたあの日、きれいで大好きだった「おひめさま」だけははっきりと色鮮やかに見えた。

 救ってくれると思った。

 いや、それよりも何よりも、とにかく温かくて、美しくて、幼い清川の恐怖は消し飛んでしまった。

 「おひめさま」が手にするものは何でも美しく見えたし、恐ろしいものも消え去った。

 今、清川が感じているように、心が温かくなって、そのうち胸の中心もポカポカと温まった。

『おひめさまは、守護者さんだったんだよね』

 あの美しい存在が自分の隣にいるのかと思うと少し緊張したが、それ以上に安らいだ。

 いつでも、側にいてくれる。

 いつでも、落ち着かせてくれる。

 いつでも、勇気をくれる。

 守護者はきっと、何があっても自分の味方だ。

 きっと自分が守護者を嫌っても、取り返しのつかない罪を犯しても、守護者は自分を見捨てない。

 万が一失敗しても、慰めてくれることが分かっていた。

 だから、清川は大好きで、けれど触れるのが恐ろしかった母と関わることができた。

 温かで、絶対に己を裏切らない肉親のような存在。

 いつまでもそばにいてほしい。

 清川は鳥のぬいぐるみを抱きしめて、穏やかに眠った。

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半透明の守護者 硝子と少女 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿 @SorairoMomiji

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