俺も君もナイト
放課後になり、外の天気は清々しいくらいの快晴だが、金森の心は曇りだ。
手には友美がくれたホッカイロが握られている。
何故、七月にカイロなど持ち歩いているのかと聞いたら、冬に使わなかった使い捨てのカイロが鞄に入りっぱなしになっていたのだという。
金森は拒否したが、封を開けてから押し付けてきたので仕方がなく使っている。
幸い、クラスメートは「金森トイレ大騒ぎ事件」について詳しく聞いてこないが、きっと今頃、陰で噂になっていることだろう。
友人や教師が、皆にどう説明したのかも気になる。
そして、散々、金森を混乱させた守護者は、続きは明日、と清川にくっついて帰ってしまった。
なんだか本格的に頭とお腹が痛くなってきて、金森は机の上に体を預けた。
『疲れた。少し、眠ってから帰ろうかな』
気だるく机に頬をつけて廊下を見ると、赤崎が自分をガン見しているのが見えた。
今度は睨んでいるというより、困ったような顔をしている。
職員室に行ったら、話しかけようとした教師が他の教師と話を始めてしまったため、取り敢えず、その教師たちの方を見る生徒Aといった様子だ。
『守護者の次は赤崎なわけ!?』
心の中で舌打ちをした。
ただでさえ、今の金森には心の余裕というものがない。
普段はそれなりに真面目に授業を受け、放課後は友達と遊んだり趣味に費やしたりする。
そんな平凡な高校生活を送っていた金森にとって、今日の出来事はどれも重く、守護者が話した内容については少し時間が経った今でも消化しきれていない。
その上、何故か絡んでこようとする赤崎が面倒で、腹が立った。
『大体、赤崎が何の用よ。ろくにしゃべったことも無いのに、何の話があるってんのよ。こっちは守護者のせいでキャパオーバーなのよ。せめて明日にしなさい、明日に!』
心の中で悪態をつき、机に掛けてあったリュックサックを背負う。
一瞬目を見開いて、話しかけようと口を開きかける赤崎の横を通り抜け、スタスタと歩いていると、数秒経ってから金森を追いかけてきた。
謎の競歩が始まる。
どうせゴールは校門だろうと高を括っていたが、校門を抜けても、赤崎はまだ着いてきていた。
「どこまでついてくる気?」
校門から五分ほど歩いたところで、金森は振り返って睨んだ。
途端、不安そうだった赤崎の表情が明るくなる。
「ふん。俺の帰りもこっちだ。もっとも、距離があるから、普段は俺の愛馬である風切丸に乗っているが」
「馬!? なんで? 学校から許可は出てるの!?」
思わず大声を出すと、赤崎は、慌てるな、とでも言うように片手を上げた。
「馬は馬でも、生きている馬ではない。人力で漕ぐタイプの馬だ」
「チャリじゃん」
しかし、ドヤ顔で頷く赤崎の隣に自転車は無い。
「赤崎、今チャリもってないよね。今日はどうやって帰るの?」
「俺の家は、徒歩では少々掛かるからな。悔しいが、有料の馬に乗って帰るとする」
車を鉄の馬などと呼んでいたのは明治時代だろうに、頑なに乗り物を馬扱いする赤崎に呆れた。
中二病患者はまともな単語を使ってはいけないという掟でもあるのだろうか。
「バスね。自転車くらい、とってくればいいのに」
「黄金の髪を持つ者が待っているのなら、とってくるが……」
どうせ帰るんだろう? という目で見てくる。
確かに金森は、赤崎が自転車をとりに行っている間に走って帰るつもりだった。
勘のいい奴め、と心の中で舌打ちをしつつ、金森は自転車よりも気になったことについて聞くことにした。
「黄金の髪を持つ者って、私のこと? まあ、確かに金髪だけれど、これは地毛だよ。おばあちゃんが外国の人だから」
「そ、そうか、てっきり俺は、契約を破りし者かと」
「契約……校則? 全く、失礼ね! よく見てみなさいよ、眉毛まで金でしょうが!!」
前髪を右手で掻き上げて、自身の眉毛を見せつける。
中学までの生徒は、そのほとんどが黒髪黒目であるし、水晶高校の生徒には茶髪の者が一定数いるが、それでも金に染めている生徒はいない。
そのため、目立ってしまうこと自体は仕方がないと思って諦めていた。
しかし、それを理由に陰口を叩かれたり、叱責されたりすることは嫌いだった。
幼少期、金髪を馬鹿にされ、近所の子供や同級生と壮絶なケンカをしたことは一度や二度ではない。
小学生の時は、教師相手にもケンカをした。
また、赤崎が黄金と称した金森の髪だが、実際には黄金のような鮮烈な金ではなく薄い金色で、角度や周りの明るさによっては茶色っぽく見えることもある。
黄金は、少々盛り過ぎだった。
「わ、分かった分かった。黄金の髪を持つ者は、人の道を外れし者ではないのだな。って、おい、戻ってこい! 帰るな!」
慌てているうちに置き去りにするつもりだったのだが、呼び止められた金森は露骨に舌打ちをした。
「何よ。大体、名前も知らない、さっきまで不良だと思っていた女と話したい事って、何なの?」
「そ、それは、清川の側にいるモノについてだ」
舌打ちに怯みながらも答えた赤崎の言葉は、意外なものだった。
金森にとって清川の隣にいるモノと言えば、わらび餅の守護者しかいない。
それが赤崎にも見えているのだろうか、彼は自称化け物見える系の、ただの痛い中二病患者ではなかったのだろうか。
興味をもった金森は赤崎の話を聞くことにした。
赤崎は公園のベンチに座っており、隣には彼の愛馬、風切丸が置かれている。
金森は近くの自動販売機から購入してきたお茶と炭酸飲料を持って、その隣に座った。
「お茶と炭酸、どっちがいい?」
「じゃ、お茶で。いくらだ? 出すぞ」
「別にいいよ、あげる」
悪いな、とお礼を言って受け取ると、お茶に口をつけた。
それを見て、金森も炭酸飲料を一口飲む。
少しの沈黙の後、先に口を開いたのは赤崎だった。
「それでは、少々、俺の話をしようか」
ニヤッと笑って、赤崎は自分語りを始めた。
最初は淡々と話していたのだが、だんだんと熱が入ってきたのか、口調が自信満々で偉そうなものへと変わり、最後には拳を握り締めて立ち上がっていた。
その間、金森はやけに冷めた表情で赤崎の言葉を聞き続けていた。
というのも、赤崎の話はやたらと長く、家に着く前に話が終わらないことは確実だったのだ。
路上で赤崎の自信満々な演説を聞き続けて、帰宅途中の小学生に指を刺されるのは絶対に嫌だったので、金森は、公園で話を聞くことにした自分を褒めた。
なお、赤崎の話の内容をまとめると、次のようになる。
赤崎怜は、物心ついた頃から金森にも見えたような不思議な存在が見えており、彼はそういった存在を「マボロシ」と呼んでいた。
加えて、金森は未だ見たことがない、力が強く人に敵意を向けるマボロシも見てきた。
そういった存在から人々を守ることを日課にしており、それが「闇に選ばれしナイト」の所以らしい。
高校入学時、清川に憑く守護者の存在に気が付き、それが人間、特に清川に害を及ぼす存在ではないかと警戒し、しばらく観察していた。
しかし、守護者には一向に人を襲う気配がなく、むしろ清川を守っているようにすら見えた。
そのため、最近では警戒を解きつつ、美しくも恐ろしい守護者の観察を続けていた。
しかし今日、異変があった。
赤崎の言葉にも何ら反応をせず、静かに清川を守っていたはずの守護者が、金森に何らかのジェスチャーを送った。
そして、その後二人でトイレに行き、言い争いを始めたのだ。
ここで、赤崎の妄想が暴走する。
実は守護者は金森の部下であり、金森は清川やその周りの人間を攻撃するよう命令したが、守護者は攻撃対象である清川に情が湧き、危害を加えられなくなってしまう。
今までは何とか誤魔化して、清川への攻撃を回避していた守護者だったが、段々それも辛くなっていく。
そして、清川を守り続けるために覚悟を決めた守護者は、とうとう、悪の親玉である金森を呼び出し、決着をつけようとしていたのではないか。
そして言い争いになったのではないか。
このように妄想したのだった。
始めからこちらが悪者だと思っていたから、あんなに睨んできていたのだろうな、と妙に納得してしまう。
あの短時間でよくもまあ、と金森は感心するような、呆れるような気持ちになった。
「違うよ。信じてくれるのか、知らないけど。大体、守護者と話すことができた私を怪しんだのは分かったけど、どうして、そこまで私を悪者にできたわけ?」
ギロリと睨みつけてやると、赤崎は、
「そ、それは、黄金の髪を持つ者の髪が黄金で、その友達が、なんだか、俺に恐怖心を抱かせるような人物だったからだ」
と、焦った早口で捲し立て、両手を空中でアワアワと振った。
金森は、もう何度目か分からないため息を吐く。
「友美たちが赤崎の悪口を言ったのは、貴方がこっちを睨んできたからだよ。まあ、だから良いってわけじゃないし、謝るけどさ。そして、さっきも言ったけど、これは地毛なの。どうしても目立つことは分かってるけど、嫌なのよ、髪で人格を判断されるの」
叱ると、赤崎は分かりやすく落ち込んで項垂れている。
逆立っていた毛もへたり込んで、反省していることがヒシヒシと伝わってきた。
「悪かった。それでは、呼び方も変えるか。魔眼の君、でいいか?」
何故それが通ると思ったのか。
「ダメ、名前で呼びなよ。ああ、私の名前、知らないんだっけ? 私は金森響。一年三組の生徒だよ」
「俺は、一年一組の闇に選ばれしナイト、赤崎怜だ。よろしくな、そして、俺は仲間のことしか名前で呼ばない。故に、お前のことは魔眼の君、と呼ばせてもらう」
魔眼の君になってしまった金森は、言い返すのが面倒になった。
そして、誤解を解くのも面倒になった。
しかし、赤崎はやたらと元気になり、瞳を輝かせて「事の真相」とやらの説明を求めてくる。
金森は、渋々、自分も小さな頃からマボロシが見えていたことと、今日トイレで起こった出来事を話した。
「こんな感じ。あまり面白い話じゃなかったでしょ。なんなら赤崎の妄想の方が何倍も面白いと思うよ」
「いや、しかし、なかなか興味深いぞ……。うむ、実に興味深いな」
口元に手を当ててブツブツと何かを呟き続ける様子を見て、嫌な予感がした。
こっそり赤崎を置いて帰ろうかと考えていると、おもむろに彼が顔を挙げる。
その瞳は宝石のように輝いていて、金森は一瞬、自分の置かれた状況も忘れ、その美しさに見蕩れてしまった。
「この問題、俺たちで解決するぞ!! おめでとう、金森響! 俺はお前を歓迎する。今日からお前も、闇に選ばれしナイトだ!!!」
「い、いや、何言ってるの? ナイトは二人もいらないでしょ。ほら、私は魔眼の君でいいからさ」
赤崎に押されつつも「魔眼の君」呼びを妥協するが、彼の勢いは止まらない。
「金森響こそ、何を言っているのだ。俺は仲間のことは、ちゃんと名前で呼ぶぞ。思えば、お前は初めから俺のことを「赤崎」と呼んでくれていたな。そうか、俺たちは最初から敵同士ではなかったのか。誤解をしていて、すまなかった」
「あ、ちょ、ま」
赤崎はその後も、何事かをガンガンと話し続ける。
うるせえ! 知らねえよ! じゃあな、闇に選ばれしナイト! と怒鳴って、逃げてしまいたい。
そうしたら赤崎は泣くだろうか、きっと泣くだろうな。
妄想、空想、という名の現実逃避はしても、実際に現実から走って逃げるようなことはしないから、金森は巻き込まれてしまうのだろう。
「それで、金森響。まだ、隠していることはないか?」
「え、ええと、守護者が、運転手ごと自転車を吹っ飛ばした話はしたっけ?」
「なんだと? 聞いていないぞ。詳しく聞かせろ」
錯乱し始める金森に、赤崎はグイっと詰め寄った。
仕方なく、昨夜コンビニに行く途中で起こった出来事を包み隠さず伝える。
「なるほど、ところで守護者が運転手を抱き上げていた、というのは本当か?」
「うん。お姫様抱っこみたいなことを、してたと思う。何か気になることでもあるの?」
やけに真剣な顔をしているのが気になって聞いてみると、赤崎は「う~む」と唸った。
「金森響は、あまり、人に攻撃するタイプのマボロシを見たことがないのだったな。実は、人に攻撃するといっても、大抵のマボロシは直接人に攻撃できるわけではない。高所から重い物を落としたり、風を利用して転ばせたり、悪夢や幻聴、幻覚を見せて死に追い込んだりと、回りくどいやり方をする」
「え? 怖。なんで? 趣味?」
陰険なやり口に恐怖を感じ、金森は自身の両肩を抱いた。
「どうにも、強い力がなければ、人に直接干渉をすることはできないようだ。そして、そんなタイプは滅多に見ない」
「つまり、守護者って強い?」
赤崎は無言で頷く。
守護者に掴まれた時の事を思い出し、そっと足首を擦った。
あの時は纏わりつかれるばかりで、不快ではあるものの痛くはなかった。
しかし、本気を出せば足くらい捻り潰せたのだろうか、と思うと血の気が引いていく。
「清川さんは、守護者のこと知らないかも」
コンビニで会った彼女の様子を見ても、清川が守護者のことを見えているようには思えなかった。
「俺も、初めの頃、加護を受けし者に『何か恐ろしい化け物』が憑いているかもしれない、と言ったが、『そんなものはいないよ』と真顔で返されてしまったからな」
「赤崎、めっちゃ不審じゃん」
怪しい宗教勧誘を彷彿とさせる赤崎にドン引きするが、彼は平然としている。
「そんなことはないだろう。まあ、その後の加護を受けし者の様子を見ても、やはり見えている風ではなかったな」
「あんなのが常に隣に居たら、ずっと無視なんて無理だものね」
常に近くに守護者がいるわけではない金森も、暇があるとつい見てしまうのだ。
見えれば、必ず気になってしまうだろう。
「さて、守護者の記憶についてだが、加護を受けし者が関わってくるのではないかと思う。まあ、ナイトの勘だがな」
「ナイトの勘って……でも、まあ、今のところ、そこしか手掛かりがないか」
真剣に考えて、ハタと気が付いた。
これは完璧に赤崎と協力する流れになっている、と。
ちらりと赤崎の表情を盗み見ると、彼は希望に満ち溢れた顔をしており、まるで歌って踊るアイドルのような輝きを放っている。
ここで金森が、この話はなかったことに、と言っても聞いてはもらえないだろう。
赤崎だけではなく守護者にも目をつけられているのだから、断れば明日から二人に付け回されることになる。
かなり面倒でキツイことになるのは、目に見えていた。
トイレ事件よりもひどい事件が起きて、友人に遠巻きにされる未来も遠くない。
『赤崎に手伝ってもらうの、案外、悪くないかも』
そもそも、赤崎に協力しなかったとて、守護者の問題は解決しない。
何だかんだとお人好しで、流されやすい金森の事だ。
流れるままに守護者に協力し、問題をたった一人で解決しなくてはならなくなってしまうだろう。
それなら、学校中から噂される変な奴だろうと、協力者がいるに越したことはない。
それに、赤崎は金森にとって初めて出会った、マボロシを見ることができる人間だ。
そんな人間が仲間になってくれたと考えれば、随分と心が軽くなる。
「確か、守護者に明日話しするって言われたし、どっかのタイミングで、守護者に昼休み、校舎裏に来るように言っておくわ」
ずっと引き気味だった金森だが、突然やる気を見せると、赤崎の表情が更に明るくなった。
「おお、やる気だな金森響!」
「まあ、ね。じゃ、連絡先交換しましょ。何かあったときに連絡を取れるに越したことはないし」
スマートフォンを出しながら言うと、赤崎がピシッと固まった。
「なに、どうしたの? 簡単に連絡先交換したくない人だった? ごめんね、私、結構簡単にMOTINとか交換する方だから。ほら、もし私が明日、急に欠席することになって何の連絡もできなかったら、迷惑かけちゃうし」
MOTINはメッセージをやり取りするのに用いられるアプリケーションでスマートフォンやタブレット、PC等で利用ができ、その利便性などから多くの人間が利用していた。
「い、いや。問題はない。家族以外と交換したことがなかったからな。少々狼狽えてしまっただけだ。気にするな……金森響、俺は登録の方法を覚えていないが?」
金森がテキパキと連絡先の交換をすると、赤崎は嬉しそうにニコニコとスマートフォンを眺めた。
そして、二人は途中まで一緒に帰ると、「また明日」と別れた。
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