仮想現実よりIを込めて
川清優樹
仮想現実よりIを込めて
「はーいそれじゃあ今日の番組と配信はここまでっ! 見てくれた人、聞いてくれた人、あっりがっとぉ~! 電子の中のご当地アイドル
お決まりの締めのご挨拶、そしてスタジオと連携したツールの合図を確認してからわたしは配信をもう一人の「わたし」がコミカルに動くエンディング動画に切り替える。
そんな動作を行うわたし、
今日の配信は時間厳守のお約束。私「たち」のメインスポンサーである地元ラジオ局とのコラボで、動画配信とラジオ番組放送を二元で行う二週に一回の定例企画だ。
無事に予定通りに終えてほっと一息ついた。閲覧者数のマックスまで見る余裕はなかったが今回はギリ1,000人行かないくらいだったか。
――上々だろう。
今回は番組頭のゲストから考えて伸びると思ってたが想像以上だ。地元サッカークラブのサブカル好き選手生出演インタビューから自コーナーに繋ぐ構成考えてくれた作家さんに感謝した。
「いっやぁ酒野選手ガチオタでしたねぇ……情報も新しいし、そいでわたしまで認知してもらってるなんて、嬉しいんだか恥ずかしいんだか」
コメントログでも共通の作品話題振った時の反応は上々と、うん、よし。
「あーでも、だったら最後の選曲もうちょっと練った方が良かったかな……うーんリレー意識が足りなかったかぁ……」
天井を見上げてため息、今日の配信の良かったこと悪かったことがぐるぐる巡る。
美味しいお水のペットボトル(番組スタッフ様からの戴き物だ)を一口喉を潤してから、忘れないうちにメモに取った。
改めて、わたしが
とはいえ企業グループでバリバリ案件こなしてるようなトップでも、個人で第一線で戦ってるような猛者でもない。地方在住の一介の、やや環境に恵まれた準個人勢にすぎない……今は。
「うっへぇ……猫畑たままちゃんすっごいなあ」
ふと反応確認の為に開いていたタイムラインに流れて来た自分のいる舞台のトップクラスに君臨する一人のツイを見る。
……放送予定告知後たった5分で2,000拡散、わたしのご当地ブーストをマックスにした渾身の配信視聴者数のあっさり倍だ。配信開始までにはもっと増えるのは確実だし、実際の視聴者数はラクラク数万を越えてくるだろう。
本当に層の厚い世界。くらくらしてくる。
「……負けてらんないね」
……あちらのファンが聞いたら激怒しそうな一言を防音室の中で呟くわたし。
もちろん、今の自分がトップの神々のような存在に並べるだなんて微塵も思ってない。そもそもわたし自身がたままちゃんの大ファンだ。古参マウントかます気はさらさらないがメンバーシップにも初期から入ってる。
でも、でも。同じ舞台に立っている以上、わたしでないわたしである「光城千代」として参りましたと白旗を上げる訳には行かない。
自分の人生を、軽く振り返る。
――高校時代。両親に我儘と仁義を通して芸事の道に進む機会を掴む事を許してもらった。死ぬ気で挑んだオーディション、なんとか掴んだデビューの綱。
だけど参加したプロジェクトの頓挫と事務所の消滅、何よりわたしの実力不足でそれはあっという間に挫折。大都会での暮らしも諦めて帰ってきた。
残したのはグループのCD二枚ライブ三回、カラオケ音源一曲のみ。ありふれた
泣いて喚いて立ちすくんでも、時間は止まってくれやしない。両親に再度頭を下げて、必死で勉強取り戻し、雀の涙の貯金切り崩してなんとかかんとか一浪で地元の公立大学へ。
そしたら二年生になった頃、偶然地元の町おこしでFM局主催のVTuverなんてものがでてきて。
……わたしは、すぐにそれに飛びついた。
――はっきり言おう。恵まれている、わたしはとても、幸運な女だ。
夢破れた経験がひとかどのキャリアとして認められて再起のオーディションに受かった事もそうだし、スタッフさんも
それ以前の話として、そこそこ大きい田舎の地方都市ならではのこんな機会が飛び込んで来たのもハッピーとしか言いようがない。
恵まれている、ツイている。わたしより力があるのに、それを得られない人はたくさんいる。
でも、自分の幸運を卑下するつもりもないし直視しない事もしない。
ただ、やっぱり幸運頼みではすぐに天井も見えてくる。たままちゃんの配信告知を改めて見ると、拡散数だけでもう万に届いていた。
非コラボで人気ゲームを配信するだけでそんじょそこらのハコ以上の人たちに幸せを運ぶ頂の人。それに対してさっきの数字、わたしの影響力はトップ層の一割以下、これが今の、現実だ。
「……はっ」
ぐ、っと言葉になりそうだった文字を砕いて息を呑み込む。いや、いやいや。これは今、「今は」だ。もしかしたらこの先、その差は縮まらないで開いてく一方……なのかもしれない、なんだろう。
でも諦めるか、って言われたら――。
「やーだね」
って言ってやるんだ。止せって言われるまで、ダメになるまで突き進んでやる。
『さっきの配信見てた、楽しかったよ!』
『頑張ってたね、お疲れ様』
ふと気づくと、東京時代の同志や家族からSNSでダイレクトメッセージが届いてた。パソコンを閉じる前に少しだけ特設のコミュニティを見たら、数個だけれども応援メッセも来ている。
「……うん」
ぐっと両腕を上げて伸びをする。この電脳越しに聞こえる声が、わたしの背筋を延ばしてくれる。
改めて確認する、今日これからのスケジュール。
気晴らしに少し外を歩いたら、夕方からはボイトレだ。大学の課題だっておろそかにできないし、やりたい事だけじゃなくてやる事やらなきゃならない事もみっちりぎっちり詰まってる。
でも、今この時間がある事は、何度も言うけどわたしの幸運だ。
例え今目の前の現実が、わたしの全力精一杯が玉座の間の人たちの万分の一だって、歩みを止めてやったりはしないんだから。
仮想現実にI【わたし】を映して、そして仮想現実の先のファンへ愛【Love】を込めて。
出来る事を全力で、やれる事を精一杯、今――。
仮想現実よりIを込めて 川清優樹 @Yuuki_Kawakiyo
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