24.新たなお客
「僕もついに女の子とラーメン屋に行けるようになるとは。もうこれリア充って言っても過言ではないよね」
『過言だと思うがの。本命男子と初デートでラーメン屋には行かんであろう。この雑誌によれば昼はお洒落なイタリアン、夜は高めの創作料理、その後夜景の見えるバーが一般的なデートコースらしいぞ?書かれておらんがおそらくその後はホテルであろうな』
女の子とスポーツジムに行ってお昼にラーメンを食べたらもうそれはデートだと思うのだけれど、どうやら世間一般ではそうは思われていないようだ。
玉ちゃんの読んでいる雑誌を見ると女子が出す脈ありサインというものがあるらしい。
どれも心当たりはないね。
大体瞳が輝いているとか声が弾んでいるとか、どうやって判断したらいいんだ。
確かにそういうのがわかりやすい人もいるけれど、僕は好きな人と話すときだけあからさまに態度を変えるような人は嫌だけどな。
そういう人は嫌いな人に対してもあからさまに態度を変えるに決まっているんだ。
僕が中学時代に起こった嫌なことを思い出していると、表のガラス戸に付けてある熊鈴がカラカラと鳴らされる。
どうやらお客さんが来たようだ。
ここは古書店なんだけど、あまりにお客さんが来ないから最近ではガラス戸を締めてあるのだ。
用がある人はガラス戸に付いた熊鈴を鳴らしてもらうようにしている。
まあこのお店に用がある人などは回覧板を持ってきたお隣さんか、副業のほうのお客さん以外にいない。
回覧板はまだ時期じゃないからおそらく後者だろう。
「ちょっといってくるね」
「わらわの力が必要ならいつでも言うのだぞ」
「ありがとう」
以前エッチな夢を売る仕事で料金を踏み倒そうとした人がいた。
その人の振り上げた拳を以前僕は避けられずに食らってしまったことがあったのだ。
僕もちょっと頭にきたのでその人には恥ずかしい目にあって社会的に死んでもらったけれど、ああいうスピード重視の肉体技で来られると僕は弱い。
玉ちゃんは真の姿が大怪獣なだけあってフィジカル的に人間を遥かに凌ぐ。
もし僕が誰かに殴られそうになったら次は玉ちゃんが守ってくれるそうなので安心だ。
いつかそんなことがあったら情けなく大声で助けを呼ぶことにしよう。
熊鈴がリンリンうるさい。
どうやらかなりせっかちな人のようだ。
「はいはーい、今出まーす」
「橘くんぅぅ、じょ、女子高生成分が足りないんだぁ、あ、開けてくれぇぇ」
やばい人だ。
ただでさえ怪しい商売をしているとご近所さんとの関係が微妙なのに、店先でなんてことを叫んでくれているんだ。
やばすぎる人だ。
あれ、いや、よく見たら常連の竹中さんだった。
僕の売るエッチな夢を最初に買ってくれた女子高生好きのおじさんだ。
以前はかなり危ない橋を渡って女子高生との逢瀬を繰り返していたようだけれど、最近は僕の売る夢のおかげで法を犯すようなことをせずに済んでいるらしい。
このおじさんの願望を実現したおかげで僕も人の持つ業について考える機会を与えられている。
「竹中さん今月お小遣い全部使いきっちゃったんじゃなかったんですか?奥さんから追加の資金をもらったとか?」
「いや、今日は実は俺ひとりで来たわけじゃないんだ。頼れる資金げ……いや、同志を連れてきたんだよ」
お客さんがお客さんを紹介してくれるのはうれしいけどね。
資金源と言いかけたからにはお金をたくさん持っている人だろうし。
ただ竹中さんの同志というからには少し性癖に問題のある人なのではなかろうか。
お金を持っているのに僕のところに来たということは竹中さんのように現実でその性癖を発散してしまうと法に触れるからに他ならない。
事実、僕のお客さんは9割方過激な性癖を秘めて生きてきた人ばかりなのだ。
僕はガラス戸の向こう側に所在なさげに立っている男性を観察する。
竹中さんの安っぽいスーツとはまるで違う質感の高そうなスーツに、シュッとしたスマートな佇まい。
高そうなフレームの眼鏡、ネクタイピンから漂う気品、ピカピカの革靴、絶対高い腕時計。
うーん、この人本当に竹中さんの知り合いなのかな。
どう見ても中小企業勤めの竹中さんとは接点が無さそうな人だ。
「あの、私森本と申します。竹中君とは中学校の同級生でして」
「ああ、そういうご関係でしたか。僕はこのお店の店主の橘です」
森本さんは丁寧に名刺までくれた。
なんか霞ヶ関の凄そうな部署の人だった。
竹中さんとは中学校の同級生みたいだけど、今時竹馬の友って本当にあるんだな。
その後進学した高校の偏差値が30は違ってると思うよ。
でも中学を卒業後、何十年後かに普通ではない性癖によって2人はもう一度友情を育んだわけだ。
僕の中学の同級生はどうだったかな。
うん、あまり話した記憶がないや。
ははは、泣けてきた。
「なんで泣いているんだい?まあいいけど、早く女子高生の夢を見せてくれよ橘君!」
鼻息荒いな。
まあ竹中さんは毎月お小遣いを全額僕に払ってくれる上客だから多少はサービスしてあげなければならない。
料金を踏み倒されそうになってから僕は後払いは受け付けていないけれど、竹中さんは金払いがいいから特別だ。
竹中さんを応接ソファに座らせて手早くいつもの女子高生天国を見せてやる。
「くふぁぁっ、これこれぇぇ……」
奇声を上げながら竹中さんは夢の世界へと落ちていった。
「ちょっとここから先は竹中さんの名誉のために見ないであげてください。色々な汁を垂れ流しますから」
「あ、はい……」
「さて、森本さんも準備ができていれば夢をお売りしたいと思いますが」
「お願いします」
森本さんは少し尻込みしながらも、覚悟を決めた顔で僕に竹中さんと2人分の料金を差し出す。
僕はその顔にこの人もおそらく上客になってくれるだろう予感を感じた。
森本さんの額に触れ、そっと術をかけて眠らせる。
さて、この人の業はいかほどか。
うん、なるほど。
ああ、この人は竹中さんより酷い。
この人、
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