23.僕と筋肉とヤリチンと

「橘君、ファイトだよ」


「もっと熱くなれよ!君の想いはそんなもんか!!マッチョになりたいんだろ!!僕みたいなゴリマッチョにな!!」


 ゴリマッチョにはなりたくないです、すいません。

 神崎さんの横で暑苦しく僕を叱咤するゴリマッチョが、このスポーツジム『エクササイズクラブ優』のオーナー兼インストラクターの三浦優さんだ。

 トレーニングしているのは僕で優さんは指導してくれているだけなのだけれど、なぜか僕よりも汗だくだ。


「きてるだろ!背中に熱いのが!!ラットプルダウンが背中にな!!いいかい橘君、筋肉はイメージだ!!僕の広背筋をイメージするんだよ!!」


「橘君、頑張って」


 優さんはなぜか上半身裸になって僕に背中を見せてくる。

 腕を動かすたびにゴリゴリ動く筋肉が少し気持ち悪い。

 僕はそこまでじゃなくていいかな。

 少し筋肉の線が浮かび上がるくらいで。

 優さんの隣で応援してくれている神崎さんだけが癒しだ。

 なにより神崎さんのピチピチスポーツウェア姿が冬にも見られるというのが今日の一番の収穫だ。

 スポーツジムの中は暖房が効いており温かい。

 それゆえに老若男女問わず動きやすい薄着なのだ。

 なんて素晴らしい場所なんだろうか。

 目の前に半裸のゴリマッチョがいなかったら本当に天国じゃないか。

 

「まだ本気になれないみたいだね。仕方がない僕の一番得意なポージングを見せてあげよう。これで君も本気になるはずだ。いくよ、これぞインターナショナルボディビルコンテストinシンガポールで優勝の決め手となったバックダブルバイセ……」


「橘君、もうちょっとだよ」


 うるさいマッチョと天使の声援を受けて僕は筋トレを続けた。






「今日はここまでにしよう。マッチョの道に近道はないからね。毎日のトレーニングもパンプアップにはあまりよくない。筋肉が完璧に回復するまで待つんだ。トレーニングは3日に1回程度にしておこう。地道にコツコツがこの肉体に至る秘訣なんだよ」


「な、なるほど。ありがとうございました。また来ます」


 別にその肉体を目指してはいないけれどこの人の知識は本物だ。

 筋肉を効率的に付けるには優さんの指示に従っておくのがいいだろう。

 バキバキになりすぎてきたら適当に怠ければいい。

 僕はシャワーを浴びて着替え、ジムのある雑居ビルを出る。

 さて、神崎さんはどこかな。

 実はこの後神崎さんと食事の約束をしているのだ。

 僕から誘ったわけではないというのが少し情けないところだけど。

 神崎さんは雑誌で見たラーメン屋に行きたいらしい。

 しかしそのお店は頭にねじり鉢巻きをしたような男臭い店主が営んでおり、客層も9割がた男性。

 女性1人では少し敷居が高い。

 それゆえに僕に一緒に来てほしいとのこと。

 そんな風に女性に頼られたことのない僕は二つ返事で了承した。

 僕に幼馴染の女の子がいたらこんなイベントが目白押しだったのだろうけれど、生憎と僕には男女共に幼い頃から仲の良かった友達は存在していない。

 そんな人がいたのなら僕は自分の人生を曲げてでも同じ高校に行き同じ大学に進んでいたことだろう。

 しかし悲しいかな僕は大学でぼっちだ。

 そりゃあ女の子から食事に誘われたらたとえ親の葬式と被っていても行くに決まっている。

 僕はきょろきょろと気持ち悪いくらい辺りを見回し、神崎さんを探す。


「本当に連れがいるんです。もうすぐ来ますから、あなた方とは行けません」


「そんなこと言って、ちっとも来ないじゃん」


「ていうか別に連れがいてもよくない?男だったらそっちを断って俺らと遊べばいいし、女の子だったらその子も一緒に遊べばいいじゃん。俺天才」


「マジお前天才。ね、そうしようよ」


 まずい、神崎さんがわかりやすくナンパされている。

 相手は髪の色素を限界まで抜いた軽薄そうな3人組だ。

 あんなヤリチン男たちに神崎さんが付いていくとは思わないけれど、案外女の子は強引な男が好きらしいしわからない。

 これはなんとしても撃退しなければならない。

 といってもあんなヤバそうな人たちに真っ向から立ち向かえる僕じゃない。

 単純な筋力で言えば僕は女の子にも勝てる気がしない。

 以前の僕であれば迷わず警察を呼んでいたことだろう。

 ここは駅前だ、おまわりさんは秒で飛んできてくれる。

 だけど今の僕には陰陽術がある。

 官憲の力を借りなくても、僕は神崎さんを守ることができるのだ。

 本当に陰陽術を教えてくれた土御門氏の本には感謝してもしきれない。

 僕はポケットに入れていたジップロックのついた冷凍用の保存袋を取り出す。

 中身が見えなくなっている怪しげな袋などは職務質問されたらおまわりさんが応援を呼んでしまう程度にはヤバげな見た目だけれど、当然中に怪しげな葉っぱなどは入れていない。

 中に入っているのは折り紙で作った鶴や蛙などのいくつかの作品だけだ。

 これらの作品はすべて人に呪詛をかけるために使うための形代だ。

 前回タマとの戦いで霊力で物を飛ばす術や呪詛がかなり使えること気が付き、あれから練習していたのだ。

 人間を合法的に撃退するにはどうしたらいいのか、と。

 まず、人間に使うには紙飛行機を高速で飛ばすのは危なすぎる。

 あんなものはただの質量兵器だ。

 多くの陰陽師たちが1000年以上もかけて成熟させてきた術に僕なんかがアレンジを加えたのが間違いだった。

 あれは封印だ。

 いざという時のために食べ終わったプリ〇グルスの筒に大量の紙飛行機を入れているけれど、本当にいざという時以外には使う気はない。

 やはり人間をこっそり呪詛にかけるにはゆっくり飛ぶ鶴や地を進む蛙のような生き物を模すのがいい。

 僕は折り鶴を3つ取り出し、風に乗せて飛ばした。

 いかに紙でできていようと折り鶴は風に乗るほど軽くない。

 しかし霊力を込めて飛ばすことで、折り鶴はまるで本当の鳥のように翼で風を掴んで飛んでいく。

 ライフル銃の弾丸のようだった紙飛行機とは違い、本当にゆっくりと舞うように飛ぶ折り鶴たち。

 やがて神崎さんに絡んでいる男たちの肩に降り立つ。

 折り鶴が飛んできて肩に止まったら誰か気が付きそうなものだけれど、彼らがそれに気づくことができないのも僕の術のせいだ。

 人の認識を阻害するような波動を折り鶴から発しているのだ。

 これはタマが人の精神を狂わせるような波動を発していた術を僕なりにアレンジしたもので、これを使えば女湯に僕が堂々と入っていっても誰も気が付かないだろう。

 防犯カメラにはしっかり写っちゃうからやらないけどね。

 そんなわけで折り鶴によって彼らは僕の呪詛にかかった。

 あとはもう煮るなり焼くなり自由だ。

 僕は両手で印を結ぶと、術を発動する。

 彼らの精神を支配する術だ。

 今まで人の精神を支配するなどは倫理に反するとしてラノベの主人公みたいなやつがやってきて顔面パンチされちゃうかもしれないとビビっていた僕だけれど、拝み屋協会は案外異能者に優しいということを会長から聞いてこの術を解禁した。

 もちろん悪用はしない。

 こういう場面に少しだけ使う程度だ。


「3人とも回れ右、交番へ。今まで自分が犯した罪をすべて告白するんだ」


「「「…………」」」


 僕がぼそっと呟いた指示は3人に聞こえていないだろうけれど、精神には届いている。

 ヤリチン3人衆は僕の指示に従い、交番のほうへと歩いて行った。

 あれだけのヤリチンだ。

 きっと強姦罪の一つや二つ出てくるに違いない。

 僕の勝利だな。

 だけどなぜだろう、ヤリチンを負かすと敗北感を感じるのだ。

 だってあいつらはこれから逮捕されるかもしれないけれど、それまでに何人もの女の子と童貞には想像もできないようなことをしているんだ。

 羨ましくて発狂しそうだ。

 童貞はどれだけ頑張ろうとヤリチンには勝てないということなのだろうか。

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