21.マラソンの副作用

「はぁ、はぁ、はぁしんどい……」


 走っても走っても、なかなか僕の体力は増えない。

 なんらかの病気を疑って病院で検査を受けたりもしてみたけれど、僕の身体にはどこもおかしなところはなかった。

 セカンドオピニオンもサードオピニオンも同じ結果だった。

 現在少々ブルジョワな僕は病院をはしごすることもいとわない。

 しかしその結果、僕は健康体だった。

 健康だが、致命的に体力がない。

 

「でも4.3キロか。最初の頃と比べたら少しずつではあるけど走れるようになってきているよね」


 1年近くマラソンを続けて走行距離の限界が4.3キロというのはきっと牛歩も牛歩なのだろう。

 だけどいかに牛の歩みであろうが亀の歩みであろうが、僕にとっては大きな1歩なんだよ。

 この気持ちはきっと霊能力的には重要だ。

 1歩1歩昨日の自分を超えているという実感が、魂を成長させる。

 たとえばこの自販機でリ〇ルゴールドを買う。

 これはほとんどただのジュースだけど、これを霊力を増強させる霊薬だと思い込んで飲む。

 きっと本当にこれを霊薬だと思いこんだ人の霊力はこれを飲むたびに少しずつ上がっていくだろう。

 霊力なんてそんなものなんだということがここ最近少しずつ分かってきた。

 大事なのはプラシーボ効果だ。 


「んぐんぐんぐっ、リアル〇ールドうま」


 僕にはリ〇ルゴールドにしか思えないから飲んだだけでは霊力は上がらないけどね。

 ベンチに座ってジュースを飲んでいると、前方から女の人が走ってくるのが見えた。

 あのポニーテールの揺れ方は神崎さんに違いない。

 神崎さんはテカテカとした風を通さないビニール素材の温かそうな上下に身を包んでいる。

 冬はあのぴっちりとしたスポーツウェアが見られなくてとても残念だ。

 きっと下には着ているのだろう。

 早く上着を脱ぎ捨てるあたたかな季節が来ないものか。

 春が待ち遠しいです。


「はぁ、はぁ、橘君おはよう」


「おはよう。神崎さんもなにか飲む?ちょっと臨時収入があったから奢るよ」


「ありがとう」


 神崎さんはなぜかちょっと神妙な顔をして僕にお礼を言う。

 そんなに喉が渇いていたのだろうか。

 僕が自動販売機に200円を投入し、神崎さんはお茶を選択した。

 

「あのね、この間は本当にありがとう。橘君のカウンセリングを受けてから柚木の病気もすごくよくなってきてて、私柚木と普通にお話できるのが本当にうれしくて……」


 神崎さんはすんすんと鼻を鳴らしている。

 涙は零れていないけれど、目が赤いから泣きそうにはなっているみたいだ。

 ぼっちの僕には泣きそうな女の子になんと声をかけていいのかわからない

 ゆえに無言だ。

 どうしろっていうんだ。


「ごめんね、私泣いてばかりで。困るよね」


 正直困る。

 だけどここはそんなことないって言わなければいけないことくらいは僕にでもわかる。


「そ、そんなこと……」


「ふふっ」


「えぇ……」


 そんなことないとない、と言おうとした僕の顔を見て神崎さんは笑った。

 僕なんか面白いこと言いました?


「ごめん、だって橘君の顔に困ってますって書いてあるから」


 そんなに困った顔をしていただろうか。

 まあ確かに人生最大級に困っていたのは確かだ。

 僕の顔で神崎さんが泣きそうな気分を転換するきっかけを掴めたのならばそれはとても光栄なことだ。


「ありがとね。橘君と話してたら楽しい気分になれたよ。ところで橘君ってさ、なんか痩せた?」


「え、いや、そんなはずはないよ。毎日のように走って鍛えてるし」


 霊力を増やす方法がマラソンだったっていうのはもちろんあるけれど、ほぼほぼの理由としてモヤシすぎるから体力を付けようとマラソンに励んでいるわけで。

 更に痩せるなんてことがあってはならないのだ。


「あのね、橘君。言いにくいんだけど、長距離走って続けていると華奢になっていくんだよ?」


「え……」


「長距離走のトレーニングを続けると身体が省エネで長く走り続けられる身体になっていくの。だからマラソン選手とかすごい華奢な人が多いでしょ?」


 思い返してみれば、お正月の箱根駅伝とかに出場している選手は概ね華奢だ。

 神崎さんは元陸上部。

 きっとこういうことには詳しいに違いない。

 なんということを僕は続けていたんだ。

 最近身体にうっすらと筋肉の線が浮いてきたからパンプアップしているのかと思っていたけれど、まさか痩せていただけだったとは。

 どうりで筋肉と一緒にあばら骨も浮いてきたと思っていたんだよ。

 このままでは筋肉の付きにくい僕の身体はミイラのように骨と皮だけになっていってしまうところだった。


「たぶん橘君って痩せたいんじゃなくて筋肉をつけたいんだよね。だったら長距離走よりも、筋トレがいいんじゃないかな」


「筋トレか、やったことないな。どうしたらいいんだろう」


「よかったら私の通ってるジムに一緒に行かない?柚木のことで何かお礼がしたいと思ってたところだから、私頑張っちゃうよ!」


 神崎さんは僕のひょろっちい身体をパンプアップさせるために全力を尽くしてくれるらしい。

 神崎さんの期待に応えられるように僕も頑張ってみよう。

 それに、ジムで身体を鍛えるなんてなんかリア充っぽくてかっこいいじゃないか。

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