18.くんずほぐれつ妖退治
脳がチリチリする。
目の端で捉える白い裸体に本能が刺激され、精神のガードが下がりかけているのだ。
このままでは狐のマインド攻撃に負けてしまう。
僕は鎮静化の術を自分にかけた。
浮足立った精神が落ち着く。
ダウナー系のやばいお薬を摂取した人のようになにもやる気がなくなっていく(お薬ダメ絶対)。
これは強制賢者タイムだな。
『ふん、術で精神を鎮静化したか。阿呆みたいな面じゃのお』
あほ面で悪かったね。
男なんて賢者タイムはみんなあほみたいな面になっちゃうものなんだよ。
しかしやばいな、全く勝負になってないぞ。
僕は術の範囲を広げ、狐にも鎮静化の術をかけてみる。
ついでに楽しい気分になる術も。
病院で出会った有象無象の魑魅魍魎たちは強制賢者タイムの後にラリッて成仏していったけれど、このレベルの相手にはどの程度通用するか。
『なかなか強い術じゃ。このわらわが一瞬現世のことなどどうでもよくなったわ。だが、この身のうちに巣食う憎しみはその程度では消えぬ!!』
狐の妖気が強まる。
ごうごうと音を立てて猛吹雪が吹き寄せる。
寒くて意識が飛びそうだ。
どうやら少し怒らせてしまったみたいだ。
僕のほうにはもうそれほど打てる手はないというのに。
もともと僕には妖に対抗するための手札が少ない。
使い慣れた術だって数えるほどしかないんだ。
鎮静化の術が効かないとなると、強力な妖相手に通用しそうな術なんてあとひとつしかない。
「やるだけ、やってみるか」
さきほどの鎮静化の術は一瞬ではあるけれど狐にも効いたみたいだった。
それならば、もうひとつの術も無効化されるということはないだろう。
そしてその術は一瞬あれば十分狐を無力化することができる。
「問題は射程か」
通常の術でやろうと思ったら相手に触れなければならない。
フィジカルであんな化け物に勝てるとは思えない。
直接触れるのは無理だな。
となれば、呪詛か。
僕はポケットを探り、コンビニでもらったレシートを取り出す。
そこにボールペンで祝詞を書き込み、紙飛行機を折った。
本当は折り鶴とかにして飛ばす術だけれど、どう考えても鶴より飛行機のほうが飛行能力は高い。
古臭い因習に囚われていては陰陽道に進歩はないと土御門氏も本の最後に書いていた。
だからこれが僕の答えだ。
これが、僕の陰陽術だ。
僕は紙飛行機を飛ばした。
紙飛行機は吹き付ける猛吹雪に負けずにすごいスピードで飛んだ。
『んぎょぁぁぁぁぁぁぁっ、痛い痛い痛い痛い!!』
紙飛行機は銃弾のように一直線に走り、狐の肩に突き刺さった。
これ質量兵器としても使えるな。
土御門氏や無道さんによれば僕はかなり霊力が高いらしい。
おそらく元々の体力が皆無なので昨日よりも今日、今日よりも明日というように体力と同じように霊力も増えていったのだろう。
これもひとつの才能というやつだ。
神様は僕に運動の才能を与えなかったけれど、運動の才能が無かったおかげで霊力を効率的に高めることができた。
そして霊力だけならば、僕の力は十分にこの妖に通用する。
単純に霊力を使って紙飛行機を飛ばしただけでもこの威力だ。
またひとつ手札として使えるものが増えたな。
まあ今日はこれ以上飛ばせるものを持っていない。
本命の術に入らせてもらおう。
僕がレシートに書き込んだ祝詞は狐の血に溶け出し、じわじわと身体を侵食している。
もう狐は僕の手の中だ。
僕はお尻が濡れるのにも構わずその場に座禅を組み、両手で印を結んで術を発動した。
さあ、夢の中で楽しもうか。
絡み合う二つの裸体。
僕とお狐様だ。
さすがに大妖怪と自称するだけあって、お狐様はなかなかに粘った。
でも夢の中では僕には勝てない。
「はぁ、はぁ、お主なかなかの性豪じゃの」
「ここは夢の中だからね。すべて僕の思い通りになるんだ。僕の体力はすぐに回復するし、君の快感は今20倍くらいにしてある」
「なんと無茶苦茶な術じゃ。勝ち目はないのう。もうわらわは主様がおらねば生きられぬ身体になってしまった。後生じゃ、わらわを滅する前にもう一度だけお情けをくりゃれ?」
エロゲのような術の前に、ついにはお狐様は陥落する。
僕もこんなことはしたくないのだけれど、力ではどうあっても敵わないからね。
でもお狐様も結構好きモノなようで案外この勝負を楽しんでいた。
そして童貞の僕は、褥を共にしたお狐様のことを案の定好きになっていた。
「滅するなんてしないよ。そもそも僕には精神感応系以外の術は使えないんだ。君には依り代の女の子を開放してほしいだけなんだ。彼女は僕の友達の友達でね」
「そうであったか。わかった。そのとおりにしよう。敗者はただ勝者に従うまでじゃ」
「ありがとう」
僕は術を解除し、精神世界から現実世界に帰ってくる。
お狐様も異空間を解除したのか、そこは一面の銀世界から元の狭苦しい病室に戻っていた。
ベッドの上には同年代くらいの女の子が眠っており、その隣に小さな狐がちょこんと座っていた。
『人間よ。わらわはここを去る。またの』
「うん、また」
狐は光の粒になって消えてしまった。
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