14.お正月

 楽しい忘年会も終わり、新年がやってきた。

 孤独な元日が過ぎ、今日は2日。

 全日本拝み屋協会には神社仏閣の関係者も多く在籍しており、局地的に新年は超多忙な人が存在しているので新年会はやらないそうだ。

 そんな新年が稼ぎ時の人たちと違い、僕は超暇である。

 大晦日と三が日くらいは実家で過ごそうかとも思ったのだが実家には兄の奥さんと子供が3人来ていてその騒がしさに1日で離脱してきた。

 あの環境で正月3日間を過ごすのは僕には無理だ。


「はぁ、誰からも新年会のお誘いとかないな」


 ほとんど皆無な大学関係の知り合いはもちろんのこと、高校時代の同級生からもなんの連絡もない。

 そもそも卒業式の後は誰とも会ってないし連絡もとってない。

 風の噂で高校時代の担任が別の学校に転勤になるのでクラスみんなで集まってお別れ会をしたと聞いた。

 当然僕は呼ばれていない。

 クラスみんなっていったい。


「だめだ。涙が出てきた……」


 こんなときは神崎さんのバイト先にお邪魔するに限る。

 たしかマスターは2日から店を開けると言っていた。

 お正月だから神崎さんはいないかもしれないけれどマスターの淹れてくれる美味しいコーヒーを飲めばまた明日も生きていこうという気分になれるはずだ。






「あ、神崎さん」


「いらっしゃい。明けましておめでとう橘君」


「おめでとう。今年もよろしく」


 お正月だというのに神崎さんは働いていた。

 なんて働き者なんだ。

 ありがたやありがたや。

 神崎さんに出会うことができただけで生きていく気力が湧いてくる。

 マスターのコーヒーとの相乗効果で今年1年くらいは頑張れるだろう。


「コーヒーでいい?」


「うん。今日はサンドイッチも頼もうかな」


「お金はなんとかなったんだね」


「ちょっと副業を始めてね」


 本業は学生で副業は古書店だから陰陽師は副業のそのまた副業だけどね。

 古書店に未だに一人たりとも本を買いにきたお客さんがいないのだから仕方がない。


「そうなんだね。よかった。どんなお仕事なの?」


「うーん、カウンセリングみたいな感じかな」


 僕には本物の魑魅魍魎を退けることはできない。

 だからできることといえば精神感応系の術を使って精神を安定させて幻覚などを払拭するくらいだ。

 やっていることはカウンセラーとそれほど変わりないので嘘はついていないだろう。


「カウンセリングか。なんか橘君に合ってるね。橘君ってなんか一緒にいると安心するから」


「え、そうかな」


 なんかうれしいような、そうでもないような。

 一緒にいると安心する、は受け取り方によっては男として見られていない場合もある。

 優しいだけの男がもてないように、女性というのは男にある程度の刺激を求めているものだと聞いたことがある。

 その視点から見れば一緒にいると安心するは刺激ゼロを意味している。

 刺激的な男ってどうすればなれるのだろうか。

 お風呂に香辛料でも入れればいいのかな。


「お待たせしました。ミックスサンドです。カツサンドは店長からサービスだって」


「ありがとう」


 店長もいつもありがとうございます。

 僕は店長の仏みたいな顔に向かって祈りを捧げる。

 本当に店長にはもう足を向けて眠れないよ。

 まあ店長の家の方角がわからないんだけどね。

 もしかしたら偶然足の方向が店長の家だったかもしれない。

 今度調べて布団の向きを調整しよう。


「ねえ橘君。橘君ってカウンセリングの副業を始めるくらいだから精神疾患とかって詳しかったりする?」


「へ、精神疾患?うーん……」


 詳しくない。

 確かに僕は土御門一門に伝わるという晴明様の精神感応術を学んだから精神の構造やそれに働きかける術は詳しいけれど、医学的に精神の病気に詳しいかと聞かれれば詳しくないと答えるしかない。

 でもカウンセリングを副業でやっているのに精神疾患に詳しくなかったら怪しい商売をやっているのではないかと思われちゃうんじゃないかな。

 陰陽師は十分怪しいかもしれないけれど、僕は誰にも胸を張れないような商売はしていない。

 親に言えるかと聞かれたら言えないけど。

 エッチな夢を売る仕事をしているなんて言えるかい。

 なんと答えていいのか迷った僕はあやふやな答えを返す。


「げ、幻覚とか発狂とかはちょっと詳しいかな……」


「本当!?」


「ち、近い……」


 曖昧な答えにもかかわらず、神崎さんはすがるように僕の肩を掴む。

 神崎さんの整った顔が息のかかりそうな距離まで近づいてくる。

 胸の先が少しだけぷにっと僕の腕に当たっている。

 漂ってくる良い匂いに頭がくらくらしてきた。

 

「ねえ橘君。私の依頼を受けてくれない?ちゃんとお礼はするから」


 神崎さんにこんな風に縋りつかれて耳もとでささやくようにお願いされたら断ることができる男なんているのかな。

 これだから男は馬鹿なんだと言われてしまうかもしれないけれど、神崎さんはきっとわかってやってないはずだ。

 いまだかつて女性のあざとさを見抜けた試しはないけれど、この必死な感じは計算ではないと思う。

 僕は無言で首を縦に振った。


「ありがとう」


 こちらこそ。

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