13.土御門秀親
無道さんが食べながら話そうというので僕たちは会場の片隅のテーブルをひとつ占拠して食事をしながら色々なことを話している。
ちなみに無表情イケメンさんは無道さんの後ろでずっと立っている。
彼は無道さんの部下で水野さんというらしいけれど、それ以上の詳しい話はなんだか話しづらそうだったので聞かなかった。
僕は美味しい料理を楽しみながら無道さんの質問に答えていく。
新規入会者へのヒアリングも兼ねているらしいので好きな女の子のタイプとかそういうちょっと恥ずかしいことにもなるべく正直に答える。
僕はやっぱり神崎さん。
健康的で優しい女の子が好きなんだ。
「ところで、君はどうやって陰陽術を身に付けたんだい?師匠とかっているのかな。言える範囲でいいんだけどね」
無道さんは僕がどうやって陰陽術を身に付けたのかは知らないようだ。
なんでもお見通しみたいな感じで突然忘年会への招待状なんて持ってくるものだから僕のことなんてすべて調べつくしているものだと思っていたけれど、どうやらそこまでのことはさすがに異能者といえどもわからないらしい。
まあ僕が陰陽術を使うことや精神系の術が得意なことは僕がやってる商売を知ればすぐにわかることだからね。
でも僕が本を読んで陰陽術を勉強したことは僕以外に知っている人がいないことだ。
もしかしたら僕の身近に誰かの式神のようなものが潜り込んでいて調べているかもとか被害妄想を膨らませていたのだけれど、よく考えたらそんなことは精神支配で女の子とエッチするのと同じくらい犯罪性が高い。
世の中綺麗事だけじゃ回らないからきっとこっそりやってる人とかはいるんだろうけど、少なくとも表向きはそんなことは誰もやってはいけないことなのだろう。
僕は怖いので表向きも裏向きも危ないことはなるべくしないように気を付けよう。
しかし師匠か。
あの本の作者を師匠と呼ぶのは不本意だけど、僕にとっての師匠は間違いなくあの人だよね。
「強いて言えば、土御門秀親氏、ですかね」
「え、土御門が?」
僕が土御門氏の名前を出すと無道さんは少しびっくりしたような声を発する。
狭そうな業界だからたぶん無道さんは土御門氏を知っていたのだろう。
でもなんでそんなに驚くのだろうか。
なんか教わったらまずい人だったときのために僕はすぐに本の著者なだけだと伝える。
「ああ、そういうことか。土御門が書いたあの本でね。はぁびっくりしたよ。君は知らないかもしれないけれど土御門一門はこの業界では名門でね。本来あの一門に入門するのはすごく難しいんだ。まあ今の当主は変わり者だからたまに気に入った子を突拍子もなく入門させたりしているんだけどね」
「変わり者、ですか」
「そうだよ。君の読んだという本を書いた奴が今の当主さ。確か今日もタダ酒を飲みに来ていたはずだけどね。水野君、ちょっと土御門を探して連れてきてくれないか?」
「了解」
そう言うと水野さんはスタスタとまっすぐ進んでいき、1、2分で一人の中年男を連れて戻ってきた。
「え、なにこれ。なんで僕は連れてこられたんだい?水野君なんにも答えてくれないんだけど」
「私は連れてこいと言われただけなので」
水野さんに連れてこられた中年はいい歳こいて髪とアゴ髭を茶髪に染めて耳にピアスをした男だった。
うーん、苦手。
首筋のどえらいところに入れ墨のようなものも見える。
痛そうだ。
僕の師匠は色々と痛そうな人だった。
「すまないな土御門。こっちにきて座ってくれ」
「まあいいけど。この子誰だい?」
「お前の弟子だよ」
「はい?どういうことなのかな」
なんか隠し子をカミングアウトしているみたいだ。
可哀そうなので僕も口を挟むことにする。
僕はこの人に恩がある。
アルバイトをする勇気が踏み出せず、お金に困窮していた僕を助けてくれたのはこの人の記してくれた陰陽術だ。
そのお礼が言っておきたい。
「あの、初めまして。僕は橘悠馬です。あなたが書いた『陰陽師になろう』のおかげで陰陽術を身に付けることができました。本当にありがとうございます」
「ああ、僕の弟子ってそういうことかい。なるほどね、あの本で陰陽術を覚えたのか。でもお礼を言う必要はないよ。あの本は僕が若い頃生活費を稼ぐために書いて協会に売った本だ。そこまで大した内容は書いてなかったと思う。さすがに土御門一門の神髄なんて書いたら本家のおじいおばあに文字通り消されちゃうからね」
「でも、僕はそのおかげで……」
「うーん、僕の本のおかげってのは違うと思うんだけどな。ちょっといいかい?」
土御門氏は僕の頭に手を置く。
なにやら頭があったかくなってきた。
土御門氏の霊力が手に集まっているのがわかる。
いったいなにをしているんだろうか。
「うわっ、君すごい霊力してるね。もしかしたら僕より高いかもしれない」
「そんなにか!?橘君、君血縁にこの業界の関係者とかいるんじゃないのかい?いや、土御門より高いとなるとそんな程度ではないか。名門のご隠居レベルだ」
そんなこと言われても僕の親戚にこの業界っぽい人なんていない。
雰囲気でいったら死んだおじいちゃんが一番オカルトティックなんだよな。
でもおじいちゃんは本が尋常じゃなく好きなこと以外は普通の人だった。
夜な夜な魑魅魍魎と戦っていたということもないだろう。
うーん、わからない。
「君本当に僕の本で勉強しただけかい?」
「そうです。不眠状態で走って霊感に覚醒して、それから毎日(嘘)走って霊力アップしています」
あのときは辛かったな。
眠くてだるくて苦しくて。
霊感が覚醒した途端に外で眠っちゃったんだよな。
今考えるとちょっと恥ずかしい。
「えぇ、元々霊感なかったの!?覚醒したのはいつ?」
「今年の春です」
「それでここまで霊力アップしたのか。すごいな。土御門、お前の本凄いじゃないか」
「いやいや、本当に大したこと書いてないんだけどな。例えばプロ野球選手が実践しているトレーニング法が書かれた本があったとして。それを読んだらプロ野球選手になれるかい?」
「確かによく考えたらなれないな」
「だからやっぱり橘君。君が僕にお礼を言う必要はないよ。君が陰陽術を身に付けることができたのは、すべて君の努力の結果だ。誇っていい。そしてこれからよろしくね。同じ【陰陽師】として」
僕はあまりのうれしさにちょっぴり涙ぐんでしまった。
今までこんなに人から自分の頑張りを認められたことなんかなかった。
「はい!こちらこそよろしくお願いします」
「ところで、君は僕の書いた本の中のどんな術に適性があったんだい?こういうことを聞くのはマナー違反だけど僕の本で覚えた術だから少しくらいいいだろう?」
「精神感応系の術です」
「うぇっ。す、すまないけど僕は精神感応系の術者とは距離を置くことにしているんだ。またねっ」
そう言って土御門氏は足早に去って行ってしまった。
本にも僕の嫌いな術とか書いてたもんな。
精神感応系の術者となんかあったのだろうか。
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