色欲の陰陽師

兎屋亀吉

1.おじいちゃんの店

 僕、橘悠馬は今年から大学生だ。

 自宅から大学までは、通えないことはないくらいの距離だ。

 だけど一人暮らしをしたかった僕は両親との話し合いの結果、亡くなった後そのままになっているおじいちゃんの家から通うことになった。

 生活用品などを整理しただけで、おじいちゃんが細々と経営していた古書店や膨大な古書コレクションなどはそのままになっているらしい。

 今は2月、入学式がある4月までには住めるように掃除しなくてはいけない。

 両親からは店舗スペースの掃除なども頼まれている。

 おじいちゃんの家に住んでいい代わりに両親からの仕送りもないので、アルバイトも探さなくてはいけない。

 人生初の一人暮らしを満喫している時間はあまりなさそうだ。

 そんなこんなで1週間、掃除に費やした。

 やっと古書コレクションの整理に入れる。

 アルバイト探しはまだ猶予がある。

 きっと大丈夫だろう。

 僕はおじいちゃんの古書コレクションを整理するのが何気に楽しみだったりする。

 小さい頃から何度もおじいちゃんに遊んでもらっていた僕は、おじいちゃんの古書コレクションを何度か見たことがある。

 外国語でなんて書いてあるのか分からない本や、すごく古い本など、たくさん珍しい本があって楽しかった。

 店舗スペースの奥、倉庫にはたくさんのおじいちゃんのコレクションがある。

 でも本当におじいちゃんが大切にしていたのは、その奥の休憩室にある大きな金庫の中の本だ。

 おじいちゃんがそこに入っている本を楽しそうに眺めていたのを僕はよく覚えている。

 僕は父さんから聞いてきた番号通りにダイヤルを回し、鍵を差し込み金庫を開ける。

 金庫の中には、1から15まで番号の振られたジュラルミンケースが入っており、ケースにはさらに鍵がかかっていた。

 おじいちゃんがどれだけこの本を大事にしていたのかが伝わってくる。

 僕は1から15までのジュラルミンケースを全部開けてみる。

 ジュラルミンケースの中には、それぞれ緩衝材と布で厳重に梱包された本が入っていた。

 日本語で書かれているのは数冊だけで、ほとんどの本は何語かもわからない。

 僕はその本のタイトルを、分かるものだけスマホで検索していく。

 ほとんどは何の情報も出てこなかったけれど、価値が分かったものが数冊あった。

 過去売りに出されたことがあるその数冊は、とんでもない価格だった。

 おじいちゃんはこの本をどこで手に入れたのだろうか。

 売りたいという衝動に駆られるが、これらの本はお金には代えられない価値があることは明白なので我慢する。

 なんの情報も出てこなかった本のうちの一冊に気になる本があったのでジュラルミンケースから出し、手にとって見る。

 この一冊だけわりと新しい。

 タイトルは『陰陽師になろう~この本を読めば今日からあなたも陰陽師です~』だ。

 非常に胡散臭い。

 他の本よりも明らかに安っぽく、価値がなさそうなこの本をおじいちゃんはなぜ他の14冊と同じように保管していたのだろうか。

 おじいちゃんが目を付けるなにかが、この本にあるのだろうか。

 僕は改めて本の表紙を見る。

 作者の名前は土御門秀親、原作は……安倍晴明!?

 すごい本物感。

 おじいちゃんのコレクションに入っていたということはきっと本物なのだろう。

 おじいちゃんの本を見る目は確かだ。

 間違いない、この怪しい謳い文句の本はプロの陰陽師が使う教本なんだ。

 ぱらぱらとめくってみると、難しい用語などにはちゃんと説明があり、かなり分かりやすく書かれている。

 面白い。

 いずれはおじいちゃんのコレクションを全部読むつもりだけど、この本を最初の一冊にしよう。

 僕はウキウキしながら他の本を金庫に戻し、休憩室を出る。

 楽しい大学生活になりそうだ。






 僕は思った。

 ろくなバイトがない。

 高校時代バイトなどせず、実家でぬくぬくしていた僕に現実というものが襲い掛かってくる。

 働きたくない。

 僕にとっては人生初の労働だ。

 最初の一歩がなかなか踏み出せない。

 具体的には面接のアポイントの電話をかけることができない。

 だって電話口の人はみんななんか声が怖い気がするんだ。

 とくに面接の電話だとわかると急にタメ口になるおっさん。

 怖くてやっぱいいですと言って電話を切ってしまった。

 もう同じとこに電話できない。

 電話はやめよう。

 最近はバイトアプリや求人サイトなどから応募フォームで応募できるんだ、よし応募フォームから応募しよう。

 良さそうなアルバイトの求人を見つけ、スマホの応募フォームに情報を入力していく。

 全て入力し終わり、あとは応募ボタンをタッチするだけだ。

 そこで手が止まる。

 この応募ボタンを押すと、向こうに通知が行き、向こうから面接の電話がかかってくるはずだ。

 知恵袋にそう書いてあった。

 しかしその電話口の人物が、またタメ口のおっさんだったらどうする?

 またやっぱりいいですと言って切るのか?

 だめだ、やっぱりこのボタンは押すことができない。

 僕はいったいどうしたらいいんだ。

 いや、今はまだ2月だ、まだ時間はある。

 そうだ、まだ高校の卒業式が終わるまではバイトに来いと言われても困るじゃないか。

 まだ早いんだ、うん。

 すべては高校の卒業式が終わってからだな。

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