屍術師との戦い 村の広場にて
ゾンビ
ゾンビというものは、つまり動く死体である。どうしてそれを知っているのかと言えば、勇者伝説の中に出てくる化け物だから、と言うほかにない。
加えるのならば、実在したらしいと理解はしていても、生涯そんなものと出会うことになるとは夢にも思っていなかった。そんな化け物である。
なにしろ、二十七代まで数えられる勇者伝説で毎回のように端役を務めるゴブリンなどとは違い、直近三回の魔王襲来では出没したという話すら無いのである。つまり、百年以上昔にしか存在しないモノだったのだ。
だからーーと言ってしまうのも少し乱暴かも知れないけれど、広場に集められている村人たちを遠目に見たとき、もしやあれがゾンビなのかと思ってしまった。
広場にみっしりと座り込んで大勢で項垂れている様子は、六件離れた場所から顔を覗かせただけでも分かるほど、生気の抜けたような陰鬱さに満ちていたのである。
「敵、いたのか?」
僕が一瞬身構えたのを察して、物陰に隠れたままのグレイプは小声で息巻いた。
「いや、村の人たちはいるけど……敵がいるかはまだ分からない」
とはいえ、様子がおかしいことは確かだ。敵がいないわけもないだろう。
「どうする。もっと近づくか?」
「ああ、もう少しーー」
身を低くしてゆっくりと踏み出したその時、陰にしていた民家の扉が乱暴に開き、ボロ切れを纏った人型のモノが僕らの目の前に飛び出した。
「うわあああ!」
僕とグレイプは驚きの悲鳴をあげ、化け物から距離を取るように仰け反り、脚を絡めて倒れ、ごろりと転がってからなんとか立ち上がる。武器として抱えていた農具は取り落としてしまった。
一目で生者ではないと分かる、腐敗して肉の崩れた顔。所々に骨の露出した四肢。
これが、ゾンビか。
「ワキヤぁぁあ! こいつ、村人じゃねぇよなぁ!?」
「もちろん!」
僕が言い終わるや、ゾンビの胸元に草刈り鎌が飛来し突き刺さる。グレイプが金物屋の家から持ってきたものだ。ゾンビはそれを意に介することなく素早く踏み込むと、腐乱した右腕を無遠慮に振り抜いてきた。
反射的に防御する。肉の削げ落ちた痩身に似合わない、重い一撃。立て続けに振り下ろされる左腕を、今度は跳び退いて回避する。
「そこ!」
隙を見つけ、思わず声が出る。攻撃をかわされて大きく姿勢を崩したゾンビの肩に向かって反撃の拳を叩き込み、そのまま胸元の鎌を引き抜いた。
鎌の切先と僕の拳は赤黒く濁った血に汚れ、ゾンビは打たれた肩をだらりと引きずりながら、身を捩って立ち上がった。
勇者伝説の通りだ。死体を何かしらの方法で動かしているだけのゾンビは痛みも感じないし、何度攻撃しても立ち上がってくる。打ち込んだ一撃には、鈍いながらも骨を折る感触があったはずだ。
広場の方から、ワキヤ、ワキヤと僕の名を呼ぶ声がする。この交戦によって気づかれたのか、あるいはさっきの悲鳴のせいか、僕らの存在は既に知られているらしい。
「警戒してきた意味、なかったね」
奪い返した鎌を後ろ手に差し出すと、グレイプは「ああ」と返事をしながら駆け寄ってきてそれを受け取った。
と、同時に、もつれるような足取りでゾンビが突進してくる。僕は姿勢を低くしてそれを足払いで対処した。そのまま、先ほど取り落とした鋤を拾い上げてそれを振り下ろす。
背骨の折れたらしいゾンビは立ち上がろうとして、しかし四肢を震わせながら崩れ落ちた。
「やったな!」
僕が勝利を実感するよりも前に、グレイプの歓喜の声。返事をしようとして、しかしそれは、複数の民家の戸が同時にゆっくりと開かれたせいで遮られる。
民家の中から、列を成して現れるゾンビたち。次の出方を思索しているうちに、僕らはあっという間に包囲されてしまった。
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