火群大戦(ほむらたいせん)旅路編

熊谷茂太

「見敵必殺の一夜」

【幕前】ある復讐

 すべての人には加護がある。


【地】【水】【風】そして【火】。この世界を形作った原始の四精霊の力を人は神から授かる。それがいずれの精霊かは、神の気まぐれな采配さいはいに委ねられていた。

 人はこの大いなる加護によって、有史以来繁栄を遂げてきた。


 だが、全ての精霊が祝福されているわけではない。


 人は精霊とともに繁栄の歴史を紡ぐ中で、【火】の精霊持ちを乱律の精神を宿す者とし、『禍炎かえん』と仇名し迫害するようになっていた。


 大陸の新興国ドゥール・ミュール共和国は肥沃な国土で興隆すると、他国を寄せ付けない鎖された独立国家として、周辺諸国でも類を見ないほどの『禍炎』に対する差別思想を確立させた。


 その最たる象徴が【火の祭典】だ。


【火】を鎮めるという名目で【火】の精霊持ちたちを闘技場で殺し合わせる──狂った祭を国家事業として成立させ、国民に享受させている。歪んだ思想を持つこの国に生まれ落ちた【火】の精霊持ちは、『禍炎』として後ろ昏い道を歩くことが運命づけられていた。


 わたしは【火】の精霊持ちとして生まれた。


 白色人種の移民が建国した共和国政府によって居場所を追いやられた、先住民族ワ族のひとり。褐色人種で独自文明を築く一族にとっても、『禍炎かえん』は忌まわしき存在でしかない。

 その上わたしは、悪魔の祝福の象徴と古くから言い伝えられている白髪赤眼で生まれ落ちた。ゆえに一族の長老は、わたしに人としての名を与えようとしなかった。


 不吉の塊として本来ならとうに間引かれていたのだが、折しも十年前、国境間を侵略したスフォルツァ帝国との戦争が勃発した。強制徴兵によって少数民族のほとんどが存続の危機に瀕したために、わたしは辛くも頭数として残された。

 禍いの悪魔と老人たちに忌み嫌われながらも、わたしはワ族の民として生きてきた。理由はただひとつ、わたしを慕ってくれた一族の同世代の子供たちのためだ。

 親であり兄弟姉妹であり子でもある──この世界でわたしが何より大切にしている存在。彼らのために己の命を擲つことも躊躇わない。同胞はわたしにとっての全てだった。


 だが、わたしの全ては突然奪われた。


 次期族長を定める〈族長儀式〉の日に。同胞たちは何者かによって鏖にされたのだ。

 生き残ったのは老人たちと、儀式から外されていたわたしだけ。

 そのときワ族の未来は、いや、わたしの生きる理由の全ては奪われた。

 ──同胞らを蹂躙し、無惨な死によって冒涜した何かを必ず、殺す。

 わたしは老人らを捨て、ワ族を去り、仇を暴くために動いた。

 次期族長であり、わたしの半身でもある少女の亡骸に残されていた手がかりをもとに辿り着いたのは【火】の精霊持ちどうしを殺し合わせる【火の祭典】。


 ──通称〈とばり〉。

 

 そこで参戦者や関係者との接触や闘いを経て、ついにわたしは仇と対峙する。

 死闘を制したが、仇を殺すことはできなかった。それでもわたしは奴の凶行を祭典の舞台上で暴きたて、奴の罪をこの国の裁きに委ねることで復讐の幕を閉じた。


 それが同胞たちの望んだ結末になったのかはわからない。

 ただ、わたしは同胞たち亡きあとを生きることに決めた。

 様々な境遇や生き様を持った者たちとの〈帳〉での出会いが、わたしにこの世界をもっと知ろうというきっかけを与えてくれたからだ。

 同胞たちを思いながら。そして復讐のため闘ったわたしを最後の瞬間まで守ってくれた次期族長の少女──わたしの半身をこの身に感じながら。


 思いの証として、わたしは自らの名を「ラピス」と名乗ることにした。

 生まれたばかりの名前とともに、わたしは旅を始める。

 この国の各地を歩き回り、色々なものを見て、多くの人と出会う。あと、きれいな色をした、美味しそうな飴を見つける──そんなわたしの旅は、まだ始まったばかりだ。

 先知れぬ道のりを、すこし楽しみに感じるようになっていた矢先。


 わたしはある町で、彼と再会する。

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