24 予想外の訪問者
先にレブト親方の工房に寄って、フェリクスに手伝ってもらって革を下ろしたリルジェシカは、「きみのご両親に約束したからね。ちゃんと屋敷まで送らせてもらわなくては、わたしの立つ瀬がない」と固い意志を見せて告げたフェリクスの言葉に甘えて、馬で屋敷まで送ってもらった。
「ん? あの馬車は……」
そろそろ屋敷へ着こうかというところで聞こえたフェリクスのいぶかしげな声に、リルジェシカも屋敷へと視線を向ける。
屋敷の前には、立派な馬車が停まっていた。貧乏なマレット男爵家を訪ねてくる客など、滅多にいないというのに。
なんだか、嫌な予感に胸がざわつく。
フェリクスも同じことを感じたのだろうか。馬の脚がわずかに速くなる。行きのリルジェシカなら悲鳴を上げたかもしれないが慣れた今なら怖くはない。
屋敷の前でフェリクスに抱き上げられて馬を降り、気ぜわしく扉を押し開けた途端、父の悲痛な声が聞こえてきた。
「そんな……っ!? 急に借金を全額返済しろとおっしゃられても……っ!」
「ドルリーさん!?」
扉を入ってすぐのところで、両親と向き合っている人物を見て、驚きの声を上げる。
そこにいたのは、モレル村で会ったばかりのドルリーだった。すでに別れたのか、ザックの姿はない。
「あのっ、いったいどういうことですか!? 借金を全額返済と聞こえましたけれど……っ!?」
衝撃のあまり、よろけて倒れそうになっている母親に駆け寄り支えながら、ドルリーを振り向く。
ドルリーは
「これはこれは、リルジェシカ嬢。フェリクス様と、ずいぶんとゆっくりなさっていたようですね」
「王都への帰り道で、ザックとかいう職人と行きあいたくなかったのでな。それより、これはどういうことだ? 突然、全額返済とは、あまりに無体すぎるだろう?」
リルジェシカが答えるより早く、続いて入ってきたフェリクスがリルジェシカと母親を背に庇って立ち、ドルリーを睨みつける。
が、刃のようなフェリクスの視線にも、悠然としたドルリーの笑みは変わらない。
「失礼ですが、フェリクス様はマレット男爵家とは無関係の身。借金などという外聞の悪い話に立ち入られては、男爵もお困りになられるのでは?」
ドルリーのもっともな言に、リルジェシカは思わず父親の顔をうかがう。父親は母親と同じく、今にも気絶しそうな顔で、おろおろと視線をさまよわせていた。
「確かに、わたしはマレット男爵家の一員ではないが、リルジェシカ嬢には女王陛下もセレシェーヌ殿下も靴を依頼されている。リルジェシカ嬢が心穏やかに靴作りができるよう、心を砕くのは近衛として当然のことだろう?」
ドルリーを見据えたまま、フェリクスが強い声音できっぱりと断言する。
フェリクスの頼もしさに、リルジェシカは目が潤みそうになる。
婚約者だったダブラスでさえ、マレット男爵家の困窮に手を差し伸べてくれなかった。むしろ、借金の返済を助けてほしければ、セレシェーヌへ顔をつなげと迫ってきたほどだ。
「……近衛として、ね。なるほど。女王陛下の名を出されては、退かざるを得ませんね」
仕方がなさそうに吐息したドルリーが、すぐに視線を上げて、真っ向からフェリクスを見返す。
「ですが、フェリクス様は誤解をなさってらっしゃる。わたしは別に、マレット男爵に全額返済を求めているわけではありませんよ。伝え方が悪くて、誤解を招いてしまったようです。申し訳ありません」
「……どういうことだ?」
殊勝に頭を下げたドルリーに、フェリクスがいぶかしげな声で問う。
顔を上げたドルリーが、困ったような表情を作って、口元だけで微笑んだ。
「実は、わたしの耳に、リルジェシカ嬢とデトン子爵のご令息であるダブラス様の婚約が破棄になったという情報が入ってまいりまして……。マレット男爵家の借入額は多額なものの、いずれは裕福なディプトン子爵家と縁続きになり、すっかり返済していただけるものと期待して、これまで少額の返済でもお受けしていたのですが……」
ふぅ、といかにも残念そうにドルリーが嘆息する。
「婚約破棄となれば、まったく事情が変わってまいります。わたしも商売人として、利益、不利益はしっかり見極めねばなりませんから」
きっぱりと告げたドルリーが、笑みを浮かべて一同を見回す。
「ですから、マレット男爵に確認にまいったのです。借入金を返済する当てはおありですか、と」
ちらりとドルリーに視線を向けられた父親が、ぐうの音も出ないと言いたげに押し黙る。マレット家に借金を返す当てがないのは、父親だけでなく、リルジェシカを含めた家族全員が知っている。
返す言葉を持たない面々を前に、ドルリーが淡々と言葉を続ける。
「全額を返済する当てがないようでしたので、ひとつ提案させていただいたのですよ。お受けいただければ、すぐに借金を返済することも可能かもしれませんよ、と――」
「すぐに借金を返済?
フェリクスの声が低く鋭くなる。
「企んでいるとは人聞きの悪い。これは、リルジェシカ嬢にもドルリー商会にとっても、よい話でございますよ」
かぶりを振ったドルリーが、フェリクスの後ろからこわごわと覗くリルジェシカに視線を合わせる。
整った顔がにこやかな笑みを刻み。
「リルジェシカ嬢。ドルリー商会に所属する靴職人になられませんか?」
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