12 近衛騎士は女王陛下の依頼を伝える


 フェリクスがふたたびリルジェシカがいる工房を訪れると、出迎えた親方のレブトが、


「お前さん、近衛騎士だったのか?」


 と、制服姿のフェリクスを見て目をみはった。


「どこの色男がリルジェシカをたぶらかしに来やがったのかと思っていたが……」


「たぶらかす気などありません! わたしは真面目に……っ!」


 反射的に抗弁し、途中で我に返ってはっと口をつぐむ。が、遅かったらしい。


「ふぅん」


 口を引き結んだレブトが、頭の天辺から足の先まで瑕疵かしを見つけようとするかのようにじろじろとフェリクスを観察する。


 朝、工房を訪れた時も冷淡な対応だと思ったが、どうやらリルジェシカに対し、よからぬことを企んでいると思われているらしい。はなはだ心外だ。


 レブトの鋭い眼光は気の弱い者ならひるみそうなほどだが、フェリクスも引くつもりはまったくない。


 品定めするかのような視線を、真っ向から受け止めて見つめ返す。


 しばし、そのまま睨み合い。


 先に吐息とともに視線を逸したのはレブトだった。


「まあ、親でもねぇ俺があれこれ言うべきことじゃねぇからな。だが」


 レブトの視線が鋭さを増す。


「これだけは覚えておけよ。あいつを泣かせたら俺がお前の皮をはいで靴にしてやるからな」


「そんなことするはずがないでしょう!?」


 即答するも、レブトは「ふん」と鼻を鳴らすばかりで納得した様子はない。


 近衛騎士のフェリクスと平民のレブトではかなりの身分差があるはずだが、レブトからはおそれ入る様子は欠片も感じられない。


 リルジェシカからは、いままでに何度も、「レブト親方の技術は私なんて足元にも及ばないくらいすごいんです! それに、工房の一室を私に使わせてくださって、いろいろ助言もくださって……っ!」と称賛の言葉を聞いている。リルジェシカにとっては、よい師匠なのだろう。


 それに武骨な印象とは裏腹に、弟子を大事にしているらしい。リルジェシカが大切に思われているのだと知って、心があたたかくなる。


「リルジェシカ嬢が大切に想われているようで何よりです。ご安心を。親方が心配するようなことはしません」


「はんっ、どうだかな」


 ふい、と顔を背けたレブトが「おい、また客だぞ」と奥のリルジェシカの部屋の扉を叩いて返事も待たずに開ける。


「二度もすまないね。きみに急ぎで伝えたいことがあって……」


 広くもない室内に足を踏み入れたフェリクスは、こちらに背を見せ、作業台に向かっているリルジェシカの華奢きゃしゃな背中に声をかける。


 が、返事はない。


「リルジェシカ嬢?」


「おい! 聞こえてるか!? 戻ってこい!」


 フェリクスがいぶかしげに名を呼ぶのと、レブトが大声を出すのが同時だった。


「ひゃいっ!」


 びくぅっ! と肩を震わせ、飛び上がったリルジェシカが、あわあわと戸口を振り返る。


「あれ? フェリクス、さん……?」


「こいつは作業に集中すると、いつもこんな感じだからな。靴を注文するのはいいが、無理はさせるなよ」


 ぼそりと低い声で呟いたレブトが、きびすを返して部屋を出ていく。


 極限まで集中すると周囲の状況が見えなくなる、ということなのだろう。素晴らしい集中力だ。


 これほど打ち込んで作られたリルジェシカの靴ならば、女王陛下のお心を捉えたのも当然かもしれない。


 心中で納得しながら作業台へ歩み寄る。


「作業中にすまないね。きみに急ぎで伝えたいことがあって」


 声をかけ、手元に視線を向けると、リルジェシカはノミを手に何やら三角形の木の塊を彫っていた。細かな木くずが作業台の上に散らばっている。


「すみませんっ! 散らかしてまして……っ!」


 フェリクスの視線に気づいたリルジェシカが、あわてて木くずを払って端へ寄せる。作業室に椅子が一つしかないためだろう。立ち上がったリルジェシカがフェリクスを見上げる。小柄なリルジェシカは、立ち上がってもフェリクスの肩より低い。


「それでええと、伝えたいことというのは……?」


 小首をかしげたのにあわせて、一つに束ねた柔らかそうな栗色の髪がさらりと揺れる。


 リスを連想させる愛らしさに無意識に口元が緩むのを感じながら、髪と同じ栗色の瞳に視線を合わせて告げる。


「女王陛下がきみの靴をたいへんお気に召されてね。今後は、靴作りはきみに一任したいと。取り急ぎ、五足ほど作成してほしいそうだ。セレシェーヌ殿下経由で、女王陛下からの文書もお預かりしてきた」


 女王の文書であることを示す、紫色のリボンが巻かれた羊皮紙をリルジェシカに差し出す。だが、リルジェシカは時間が止まったかのように動かない。


「リルジェシカ嬢?」


 まさか、聞こえなかったということはないと思うのだが、ともう一度呼びかけると、不意にリルジェシカがぷるぷる震え出した。


「わ……っ」


「わ?」


「わ、わわわわ私、耳がおかしくなっちゃったみたいです……っ! じょ、女王陛下が私の靴をお気に召してくださった、って……っ!」 


「おかしくなってなどいないよ」


 リルジェシカの反応に苦笑をこぼしてかぶりを振る。


「女王陛下がきみの靴をお気に召されたということで、間違いない。きみの靴が認められてわたしも嬉しいよ」


 優しくリルジェシカに微笑みかけた瞬間、ぶわりとつぶらな瞳に涙の粒が盛り上がる。


「え……っ!?」


 ぴきりと凍りついたフェリクスの前で、リルジェシカがぼろぼろと大粒の涙をこぼした。

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