7 靴職人令嬢、近衛騎士からの依頼を受ける


「どうなさいましたか!? あっ! も、もしや、昨日の女王陛下のお靴に何か問題があって……っ!?」


フェリクスが工房を訪ねてくるなんて初めてだ。よほどのことがあったのだろうかと、さぁっと全身から血の気が引く。


「違うんだ。陛下からはきみの靴へのご不満は聞いていないから安心してほしい。その、屋敷を訪ねたら、朝から工房へ行っていると言われたものだから……」


 近衛騎士団の制服ではなく、普段着らしいシャツとズボンに身を包み、腰にいた剣だけがいつも通りのフェリクスが、穏やかに微笑む。


「その……。昨日は平気そうだったが、一夜明けて哀しんでいるんじゃないかと気になって、顔を見ておきたくて……」


「……へ? 昨日、何かありましたっけ……?」


 依頼の靴は無事に渡せたし、セレシェーヌには女王陛下から履き心地を聞いておくと請け負ってもらえたし、むしろよい日だったと思うのだが。


 わけがわからず、きょとんと首をかしげると、フェリクスが愕然がくぜんと目をむいた。


「仮にも半年間婚約を結んでいた相手に婚約破棄されたばかりだろう!?」


「ああっ! そういえばそうでしたね! 喜ばしいことでしたし、両親にも納得してもらったので、とっさに思い浮かびませんでした!」


 ぱん、と手を打ち合わせると、ぶはっとフェリクスが吹き出した。


「まったく、きみは……っ」


「す、すみませんっ! 心配してお越しくださったというのに……っ」


 肩を縮めて詫びると、「いや、気にしないでくれ」とかぶりを振られた。


「きみが沈んでいるわけではなくて本当によかった。安心したよ」


 包み込むような笑みに、なんだか頬が熱くなる。今まで、フェリクスとは何度も顔を合わせているものの、王城の外で二人きりで話したことはほとんどない。


「わ、わざわざ、それを確かめに来てくださったんですか……?」


「ああ。それと……。その、わたしもきみに靴を作ってもらおうかと思ってね。もちろん、きみさえよければの――」


「ほんとですかっ!?」


 最後まで聞く前に喜びの声が飛び出す。


「ご冗談などではありませんよねっ!? 私、いままで男の方の靴を一から作ったことがなくて……っ! フェリクスさんが男性では初めてのお客様ですっ!」


 感動を抑えきれず、フェリクスの大きな手を両手でぎゅっと握りしめる。


「ご依頼いただきありがとうございます! どんなお靴をご希望ですか!? ブーツでしょうか!? それとも短靴たんかでしょうか!? 舞踏会用のった靴も作れますっ!」


「リ、リルジェシカ嬢、落ち着いて……」


 要望を読み取ろうと鼻息も荒く背伸びしてフェリクスの凛々しい面輪を見上げると、やんわりと押しとどめられた。


「す、すみませんっ! 嬉しくて、つい……っ」


 ぱっと手を放し、一歩退いて詫びると、フェリクスが柔らかな笑みを浮かべた。


「いや。セレシェーヌ殿下との会話から予想はついていたが……。きみは、本当に靴作りが好きなんだな」


「はいっ! 大好きですっ!」


 間髪入れずに答えると、フェリクスが小さく息を吞んだ。


「?」


「い、いや、何でもない……。そ、その。王城で履ける短靴をお願いできるかな。いま履いている靴はかなりへたってきていて……」


「短靴ですね! 承りました! 色や形、装飾などにご希望はありますか!?」


「い、いや。丈夫で動きやすいものなら特に希望は……。お任せするよ」


 矢継ぎ早に質問するリルジェシカに気圧けおされたように、フェリクスがわずかに身をのけぞらせる。


「丈夫なもの、ですか……」


 フェリクスの希望に、うーんと腕を組んで考え込む。


「それなら、牛革がよいですよね。セレシェーヌ殿下や女王陛下のお靴は柔らかな鹿革でお作りしましたけれど、フェリクスさんなら、お二人より毎日歩かれる距離が長いでしょうし……。あっ、大丈夫です! レブト親方のお手伝いで、牛革も何度も扱っていますから! だから、その……っ」


 おずおずと、フェリクスの凛々しい面輪を見上げる。


「本当に、レブト親方ではなく、私にご依頼いただけますか……?」


 不安を隠さず碧い瞳を見つめると、なぜか、ふはっと吹き出された。


「ど、どうしましたか!?」


「い、いや……っ」


 横を向いたフェリクスが、肩を震わせ、くつくつと喉を鳴らす。


「さっきまで熱心に質問していたかと思うと、急に捨てられた子犬みたいに不安げな顔になるから……っ」


「だ、だって……っ! いままで工房に来られた方は、みなさん結局、親方に頼まれて……。女の私が作る靴じゃ、信用できないって……」


 いままで幾度となくかけられた言葉を思い出し、しゅんと肩を落としてうつむくと、不意に頭を撫でられた。


「え……?」


 驚きに顔を上げると、碧い瞳と目が合った。


「す、すまない」


 フェリクスが頭を撫でていた手をぱっと離す。


「きみが沈んでいたようだから、つい……」


「い、いえ……」


 誰かに頭を撫でてもらったのなんて、いつぶりだろう。なんだかくすぐったいような、気恥ずかしいような、ふわふわした気持ちになる。


 と、フェリクスが柔らかな笑みを浮かべた。


「安心してくれ。一度頼んだことを覆したりはしないよ。騎士に二言はない」


「はいっ!」


 心に染み入るような声に、笑顔で頷く。


「それで、あの、さっそくなんですけれど……、その……っ」


 依頼を受けてすぐ、こんなことを言って呆れられたりしないだろうか。

 不安にぱくぱくと心臓が高鳴り、頬に熱がのぼる。


 が、これはリルジェシカにとっては、靴作りをするうえで必須なのだ。


 覚悟を決めたリルジェシカは、うっすらと汗ばむ両の拳を握りしめ、長身のフェリクスを真っ直ぐに見つめる。


「急にこんなこと言って、呆れられるかもしれないんですけれど、その……っ!」


 ぎゅっと目をつむり、勢いよく叫ぶ。


「ぬ、脱いでいただけますかっ!?」


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