亡命のスピカ

@rnrn_1207

第1話・二人で逃げようか

『臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。共和国艦隊は本国西岸で行われていた戦争において大勝利を収め————』


朝目覚めると、臨時ニュースの声が部屋の中で細々となっていた。


私は構わず顔を洗い、先ほど淹れたコーヒーを手に取る。


『我が国の打点王、キョート一等兵の勇敢なる攻撃によって劣勢だった戦況が大きく翻り、敵の軍隊を陥落させたのであります。』


私はコーヒーを飲みきると、クローゼットに用意しておいた茶色いコートと赤いマフラーを身に纏い"ロウドウ"に行くために家を後にした。


が、外は思ったより寒く手袋を用意し忘れた事をひどく後悔した。


冷たい風が吹く。


—— この国には冬以外の季節がない——


10年前、ヴィルゴ軍が開発した兵器によって世界は永遠の冬に包まれたようだった。

勿論、政府はその事実を隠蔽しようとしたが

環境の変化に国民が気づかないはずもなく、

政府に対する国民の不満は募りやがて暴徒化。

死者が出るほどの事件を起こしたこともあったらしい。


これに対し政府は「危険因子」として抵抗した者、事実を知っている者を無差別に殺害した。

その結果国民の約9割が30歳未満という国家が誕生した。


——————


私はこの歴史を祖母が書いていた日記で知った。政府に抗議しに行く前、祖母が幼い私に託した日記で。


同い年の子は何も知らない。政府と繋がっている教育機関"ガッコウ"に行くことを義務化し、

そこで教える内容も本来の歴史とは全くと言って良いほど異なるものだったからだ。


私は大きな川沿いのクレーターまみれになったレンガ道を歩きながら、『このまま嘘つき政府に操られて一生を終えるのは嫌だ!』と思いつつも、何もできない自分自身への憤りを感じていた。


そんなことを考えているといつの間にか工場に着いていた。入り口の門には重々しい雰囲気が漂っており、周囲は金網の貼られた高い柵で覆われ、何番も連なった煙突からはモクモクと黒煙が立ち上っていた。


足早に門を潜った先にはいつも通り深緑色の軍服を着た兵士が二人立っていた。

私が彼らの前に行くと、


「番号と名前は。」


右側の兵士が低く冷淡な声で問う。


「1207番、スピカ・アルファです。」


答えても何の反応もなく、ただ道を開ける必要最低限の行為しかしない。まるでロボットみたいに。


全然人の名前覚えないし、もう少し愛嬌があった方が良いと思うんだけど。


「皆さん!今日も元気に"ロウドウ"しましょう!さあ持ち場についてー!!」


作業監督の号令で私の仕事が始まる。

私の1日の"ロウドウ"はよく分からない細かい部品を作る作業。多分銃の部品か何かだと思う。が、そんなことを考える暇もなくベルトコンベアで流れてきた部品同士を組み合わせて流す、流す、また流す。


そんなことを続けていればあっという間にお昼になった。同僚たちと食堂で昼食を食べていた時、友人のミネラが話しかけてきた。


「ねね、今日じゃなかったっけ?軍が視察に来る日」


それに、デネブが

「そうじゃん!やべぇ!何も考えてなかった!!」

と焦りをあらわにしていた。


「視察?視察ってなんのこ…」と私が質問しようとすると、食堂の入り口から何やら大勢の足音が聞こえてきた。


ゾロゾロと2,30人程の深緑の軍服を着た兵士が入って来て、施設の中を物珍しそうに見渡している。


そんな中、一人だけこちらを凝視してくる兵士がいた。そいつはズカズカと私たちの方へやってきたかと思うと私の前で止まり、

「よぉ!久しぶりだな、スピカ!」

と声をかけてきた。キョートだ。


「何であんたがここに居んのよ…。」

私が目線を逸らしながら質問すると、


「そりぁ、俺はこの軍で一番強いんだから!

工場視察なんて呼ばれるのは当然だろう!」


一番強い、の部分は置いておいて、

この国ではかなり位が高い「一等兵」だからという理由なのだろう。と心の中で自分を納得させた。


「久しぶりに幼馴染と会ったんだ!一緒にどっか行こう!」

彼は大きな声で私に語りかけたが

「仕事が終わるまで待ってて!!」


という私の返答に一蹴された。


周囲では私と彼の関係に興味が湧いたのか、

皆がこちらを見てザワザワと話をしている。


恥ずかしさと驚きが私の頭の中で渦巻き、

私は足早に食堂を後にした。


—————


「本当にいた…。」


彼は工場の前に設置されたベンチに腰を下ろして私を待っていた。


「ああ、やっと出てきた、ここ寒すぎない?」


よく見ると彼の指先は赤くなっていて、いかにも寒そうな雰囲気を醸し出していた。


「手袋はないけどマフラー、貸すよ。」

と言ってマフラーを差し出すと次の瞬間にはもう消えていて、私の赤いマフラーは彼の手を包んでいた。


「ありがとう!寒さのせいで待ってるだけで疲れちゃって。」


と笑いながら言う彼の言葉に私も


「私もなんか疲れちゃった。」と笑いながら答えた。


「この国はいつも戦争戦争ってしてて、他の国の土地を奪ったりエネルギー資源がどうとかしか考えてなくて…。国民のことは気にかけず街が壊れたってお構いなしにどんどん武器を増やしてくしさ。」


「私、夢があるんだ。いつかこの国から逃げ出して、他の国で自由に暮らす夢。まぁ、そんな夢叶いっこないって分かりきってるけどね。」


今まで溜め込んでいたモヤモヤを全部、久しぶりに会った幼馴染に話した。

彼は最後まで真剣に聞いてくれていた。

そして、話が終わると彼の口から一言

「なーんだ、そんなことか。」

と明るい口調で返ってきた。


「そんならさぁ、二人で逃げようか?」


川の水が流れる音が私たち二人を包み込む中、

冷たい風が吹き、枯れ木がカサカサと音を立てる。


しかし、吹いた風は普段より少し暖かかった。

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