偶然を装う
津多 時ロウ
偶然を装う
――
その技術は青森県の西半分、津軽地方の職人たちによって代々受け継がれてきたという。
私は、
男の一人暮らしに少し
私は、国内で高いシェアを持つ金属部品加工会社に大学を卒業してすぐに就職し、営業、経理と経験をさせてもらった。その後、総務課長を務めているときに、工場での経験がないにもかかわらず、工場長補佐として品質管理を任され、
それが認められたのか、はたまた会社の異動命令にこれまで一切の不満も漏らさず、無難にこなしてきた都合の良いコマとしてか、今度は青森県で建設を予定している新工場について、その候補地を見つけてこいとの出張命令が下されたのだ。
人のことを何だと思っているのだと、初めは戸惑いもしたが、息子と妻に相次いで先立たれていた哀しい男の
或いは――
或いは息子が自殺などせずに今も生きていれば、妻も死なず、私にも違う選択肢があったのかも知れない。どうして自ら命を絶つことを選んでしまったのか、実行してしまったのか。残念ながら思い当たる節がなかった。
息子は小さい頃に漫画家になりたいと言ったことがある。息子が漫画を大好きなのは知っていたし、私も漫画は大好きだ。だからこそ、漫画家として食べていけるだけの収入を得るのは難しいことも知っていた。それに、息子の絵にはどう見ても才能が感じられない。ひもじい思いをさせたくない一心で、どうにか諦めさせたものだった。
その後もプロ野球選手になりたい、海外の大学で植物の研究をしたいなどと言ってきたが、私の子供がプロになれるほど運動神経がいいはずはないし、外国語を使いこなせるようになるわけもないと、お前には特別な才能などないから私と同じように会社勤めをするしかないのだと散々説得した結果が、入社2年目の自殺だった。
私の育て方が何か間違っていたのだろうかと、虚空に問うてみても、返事はない。
息子が生きていれば答えてくれたかも知れないが、もう分からなくなってしまった。
或る休日のこと、例の如くガラス越しに
「
「ええ、とても。一つ一つ、一日一日、完成に近づいてゆく様子が見られるのは、実に面白いものです」
「分かるよ。
「なるほど。ところで、このお店においてある
「そうだな。まず
「漆って塗った後、いちいち乾かさないといけないんですよね。それだけ工程があるとかなり時間が掛かるんじゃないですか?」
「おお、その通りだ。塗っては乾かしを繰り返すから、出来上がるまでに1,2ヶ月はかかっちまうね」
「へぇ、手間暇掛かっているんですね」
それから私と
年配の女性の職人が横長の厚紙のようなものを持ち、小さな鍋から熱せられた漆を
「あの漆を点々に置いている独特な形状のヘラですけど、あの工程を工夫したら同じ
「
「偶然の味わい……。皆がそれを良いと思わなくなったら、……良いと思う人が一人もいなくなったらどうします?」
「そんな余裕のない世の中になってしまったら、いよいよ
ああ、そういう事だったのか。
私は結局のところ、人はそれぞれ違うということに気が付いていながら、自分の子供だからと規格化してしまっていたということなのだろう。
息子が偶然を
8畳の冷え切った城で”けの汁”を飲み干した後、その
「人のことを、なんだと思っているのだ……」
〔完〕
偶然を装う 津多 時ロウ @tsuda_jiro
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