『My beloved despair』 純文学

 少数派マイノリティの生きやすい時代が近づいてきている。


 芸術分野の流行を見ていて、私はふと、そんなことを思った。



 人間の性を、ハッキリと二つに分けるより、グラデーションと称するようになってきたらしい。

 グラデーション。近しさを抱えながら決して同じにはならない大量の色。上手く言ったものだと思う。

 その表現に自分がすとんと納得したことに私は悲しさを覚えたのだった。


 人間は誰しも他者との違いを抱えて生きている。


 その違いが大きいか小さいかの差。それが現状、少数派と多数派を分けている。


 そのことに腹立たしさを覚えることもなく、ただ萎れた様な諦観を抱えて生きてきた。



 かつては自身の異質さが誇らしかった。


 しかし、そんな愚かで青い時期は疾うに過ぎた。


 一時期はその特別感によってナルシズムを満たした異質さは、年をとり、目を覚ました私にとって幸せなものではなかったのである。


 異質であることの、なんと生き辛いことか。


 それでも私は懸命に叫んだ。自身の異質さの寂しさを、逸脱の悲しさを、誰かに届けと思って。

 しかしなんと哀れなことだろう。私が持っていた表現する力、それは、世の大いなる声に一本の針を投じるほどの力ではなかった。



 だが今、恐ろしい速さで駆け抜けていく流行の中に、少数派の力をひしひしと感じる世界になった。

 私と同じように懸命に叫んできた彼らの声が、人の心を大いに揺らす時代が来たのだ。


 それに気づいた私は歓喜した。



 そして、瞬きの間に絶望した。


 時代や流行の変化は、すなわち新たなものを受け入れる心の変化である。

 現代で言えば、少数派が表現する場を得て、発表することを許され、それを受け入れる者が増えたというだけのこと。


 表現する力を持ちながら、世の大いなる声に一本の針を投じるほどの力は持ち合わせていない――私のような才能なき凡人には、結局時代など関係なしに輝かしい舞台に立つ資格はない。


 それに気づき、私は絶望したのだ。


 数多の凡人の屍の上に立った新たなる時代だ。燦然と輝く才能ある天才が、我々の絶望を踏みしめて拳を掲げている。


 何も知らぬまま、何も気づかぬままそれを憧れの目で見上げていられたらどんなに良かっただろう。

 あるいは、糸屑のようにささやかな力など持たずにいれば。


 ――――普通を称する大人数の中の顔もなき誰かでいられたら。



 そこまで考えて、私は握りしめていた筆をそっと置いた。


 絶望など、今更なんだというのか。


 私の人生は常に絶望と共にあった。

 絶望は私の伴侶であり、友であった。


 それゆえに私は全てに寂しい諦観を抱えて生きてきたのだ。


 自分が特別でないことなど最初から知っている。そのことに絶望しなければ、気づかぬふりをして足掻き続けていれば、苦しさのあまり死んでいただろう。


 異質さを誇ることでナルシズムを満たしていたのは、そうしなければ自分を愛せなかったからだ。そうしなければ生きていられなかったからだ。


 本当に、今更であった。


 私はまた、萎れた様な諦観を溜め息に変えて瞑目した。


 これが私の絶望である。

 自身を生かす、静かなる絶望である。

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