魔法少女を狩る

三八式物書機

第1話 魔法少女

 イジメ

 それだがどれだけ陰鬱で凶悪であっても、学校という狭い世界の中ではただのいけない戯れ程度にしか扱われない。

 何の罪の意識も無いままに過ごす加害者達。

 そして、今、死を目の前にした全てに絶望した被害者。

 僅か14歳の命はここで失われようとしている。

 イジメのフラッシュバックで眠れなかった時に処方された睡眠導入剤。

 小学校の時から使っているカッターナイフ。

 身体を浸からせた湯舟は真っ赤な血に混じる湯で満たされていた。

 混濁する意識の中にそれは現れた。

 「お前・・・この世界に怒りは感じないか?」

 そんな問い掛けに少女は一瞬、怯む。だが、思っていた。

 こんな世界・・・消えてしまえ。

 幾度も・・・幾度も思っていた。

 この世界が滅びる事を。

 誰も助けてくれない世界など要らないと。

 「この世界を消してくれるの?」

 「あぁ・・・俺と契約しろ。お前の命と引き換えに力を与えてやる」

 「力?」

 「あぁ・・・力だ。圧倒的な力だ。お前が憎む全てを破壊する力」

 「ふふふ・・・それが本当なら・・・契約してあげる」

 「わかった。契約は成立だ。我が名はマルティン。立花由香里。お前に魔力を与える。この力はお前を魔へと変える。後戻りは出来ぬからな」

 「何でもいいわ。どうせ・・・死ぬし」

 「そうだな。ふふふ。まぁ、命の終わりまで楽しめよ」

 

 世界の彼方此方に出現したのは魔法少女であった。

 魔に身も心も染めた少女達。

 彼女達が望むのは世界の滅亡。

 そして、操るのはこの世界の理では無い力。

 魔法少女は唐突に出現する。それを予測する事が出来る者は居ない。

 岐阜県岐阜市の片隅。

 とある公立中学校。

 いつもの授業風景。

 突如として、蹴破られる扉。

 驚く教師と生徒。

 薄いピンク色のドレスを身に纏った緑色の髪の少女。

 手には可愛らしい装飾の杖。

 「はいはい。皆さん、お静かに願います」

 彼女はそう告げた。

 「私は魔法少女アリシア。世界を滅ぼしに来ました。手始めにこの学校を滅ぼします。ただ、簡単には滅ぼしません。最大の苦しみを与えてからです」

 そう告げると彼女は目の前の教師に杖を向けた。淡いピンクの光が放たれ、一瞬にして、教師の四肢は失われた。まるで塵と化したように。

 支える足を失った身体は床に転げた。不思議と失われた四肢の根本から血が噴き出す事は無かった。ただ、激痛だけが与えられる。教師はその激痛で短い悲鳴と共に意識を失った。

 悲鳴が教室中に響き渡る。唐突に逃げ出す生徒達。

 「逃げないでください。あと、お静かに」

 アリシアはそう告げると杖を振るう。光は生徒達の足を次々と奪う。

 教室から逃げ出す事も出来ずに床に転げる生徒達。

 「あははは。皆さん、ダルマみたいですね。痛いですか?」

 アリシアは無邪気に笑う。

 痛みで悲鳴と嗚咽が上がる。気絶している者も多い。

 「五十嵐さん、佐藤さん、後藤君、原田君、君島君」

 アリシアは生徒の名前を告げた。

 「あなた達が悪いんですよ。この世界が滅びるのはだから、激痛のまま、世界が滅びるのを見続けさせてあげる」

 そう言うと、アリシアの杖から放たれた光に包まれ、激痛に苦しむ彼らが黒板に叩きつけられ、貼り付けにされた。

 「さぁ、まずは教師と生徒を皆殺しにしましょう。最大の苦しみを与えてね」

 アリシアは笑いながら杖を振るった。光は嗚咽を上げる彼らに降り注ぐ。

 骨が砕け、肉が裂け、血が飛び散る。人の形が徐々に崩れてゆく。

 教室は悲鳴と怒号と嗚咽が響き渡り、血で染まっていった。


 通報を受けた所轄警察署では署長が自ら指揮を執る状況であった。

 「相手は魔法少女だ。殺すつもりじゃないと無理だ。全員に拳銃の所持を命じる。弾薬もありったけ出せ。出し惜しみをするな。ここで奴を封じ込めねば・・・皆殺しになるぞ」

 事態は深刻であった。署長は魔法少女の対応は初めてだったが、すでに対応については幾度も研修を受けている。それ程に危険な状況だと国家規模で判断される。

 すでに情報は警察庁や自衛隊までに報じられている。

 機動隊は狙撃銃と短機関銃を用意した。

 機動隊の隊長が署長に報告をする。

 「突入準備を終えました」

 「解った。相手が子どもでも侮るな。魔法少女だからな」

 「はい」

 誰もが初めての魔法少女の対応であった。だが、幾度も研修を受けているし、事実、過去に起きた被害は相当なものであった。

 今日、この場に居る警察関係者が皆殺しになっても、おかしくはないのだ。


 SATが先に校舎に突入した。

 特殊部隊としての訓練を徹底的に行っている彼等は手際よく、目標が居るとされる教室まで進んだ。

 先陣を任された班長は思った。

 相手は元は人間だ。研修でも撃たれれば死ぬとなっている。

 緊張を押し殺し、研究で学んだ事を思い出す。

 魔法少女についての研究は始まったばかりで概ね不明であった。

 解っている事は全てに絶望した少女が悪魔と契約する事で力を得る事。

 代償として、少女は世界を滅亡させる事を使命とする。

 これまで世界で確認された魔法少女は301人。

 最初に出現したのはロシアの僻地にある村。

 その村はすでに消滅して、対応に当たった警察官は154人が死亡、または行方不明。投じられた軍は1個大隊が壊滅。だが、軍の決死の攻撃によって、魔法少女は殺された。しかしながら、その身体は塵と化し、正体は不明。

 こうして、世界は滅亡への一歩を踏み出した。

 各地で魔法少女が出現して、街が消えた。多くの市民が死に、対応した警察、軍も数百、数千と死んだ。

 たった一人でそれだけの力を持つのだ。

 5人のSAT隊員達が無力感を感じたとして不思議は無かった。

 だが、自らの命をもっても、魔法少女を殺さねば、これから多くの命が失われる。それが解っているからこそ、彼等は決死の思いで飛び込む。

 開け放たれた入口に閃光手榴弾を投げ込む。

 爆発と共に彼等は飛び込んだ。

 血に染まった教室。

 黒板に貼り付けにされた生徒達。

 そして、笑みを浮かべながら飛び込んで来た隊員達を見る魔法少女。

 「いらっしゃい」

 彼女はそう告げた。だが、その時には隊員達は引金を引いていた。

 短機関銃がフルオートで唸る。

 空薬莢は飛び散り、銃声が教室に響き渡る。

 僅か10メートル。

 確実に当たると誰もが思った。

 だが、魔法少女は笑みを浮かべたまま、立っていた。

 弾丸は全て、空中に停止した。

 「ふふふ。当たると思ったかしら?残念。厚い空気の層で壁を作っておいたの。空気も密度を上げるとこんな風に弾も通さないのよ」

 魔法少女が杖を振り下ろすと、一気に何かが爆ぜたような風圧が隊員達を襲う。それは彼等が発射した弾丸もであった。

 強烈な風圧で飛ばされた弾丸は隊員達の身体を貫いていく。そのまま、5人は壁に叩きつけられ、3人が絶命した。

 班長は数発を体に受けたが、まだ、無事だった。

 「ば、化け物」

 彼は笑みを浮かべる魔法少女に毒づく。だが、彼の足も腕も思うようには動かない。骨か神経をやられたようだ。

 魔法少女は彼等を見下し、笑う。

 「化け物?いやだわ。こんな可愛らしいのに。見て、このドレス。私の心を表しているのよ。こんな華やかな色が私の心なんて思ってもみなかったわ」

 魔法少女は無邪気に跳ね回った。その様子はとても楽しそうだが、班長の目には狂気にしか思えなかった。

 「この糞ガキぃいいいいい!」

 まだ生きていた隊員が何とか動く右腕で拳銃を抜いて、魔法少女を撃とうとした。

 刹那、魔法少女は杖を振るう。ピンクの光が一瞬にして、隊員の腕を肩口から切り取った。噴き出す血。隊員はその場に崩れ落ちた。

 「さて・・・絶望はこれからだよ。私が味わった絶望はこんなもんじゃないから」

 班長は魔法少女の顔色が変わった事に怯えた。無邪気な少女が一瞬にして悪魔に変貌したのだ。そして、それが彼が見た最後の光景であった。

 校舎内では次々と銃声と悲鳴が起きる。

 時折、校舎の一部が激しく破壊される。まるで戦争でもしているようだった。

 現場指揮所では突入した者の悲痛な言葉が飛び交う。

 圧倒的だった。

 魔法少女はもぐら叩きでもするように隊員達を殺して行く。

 突入した100人が殺されるのに数十分も掛からないだろう。そして、それが終われば、今度は校舎の外に出て来る。この周辺が戦場となる。そして、街、全てが消える。すでに警察と自衛隊が住民の避難を始めている。

 テレビやラジオでは懸命に避難を呼びかけている。

 これからどれだけの被害を投じて、終える事が出来るのか。

 署長はそう思いながら、自らも回転式拳銃を握った。

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