大人というもののヒミツ
ピチャ
大人というもののヒミツ
大人になるというのは、私は、できることが増えることだと思っていた。
だけど、それは間違いだった。
できることは日々減っていく。得意なことのない自分の、苦手でない分野を探って、仕事にするしかない。
30歳になって、気力も体力も限界だ。人より早いか遅いかということはよくわからない。自分では平均的だと思っているけど、これは普通じゃないのかもしれない。IQは平均的だ。だけどIQがしっかり測定されているか、測定するものとして正しいのか、私にはわからない。私に観測できる範囲は、人によるとどうやら随分狭いらしい。私に見える世界は、たった一部分なのだ。しかも、それが正しいのかどうかもわからない。
今の平均寿命は80歳を超えている。が、そんな情報合っているかどうかもわからない。
こんなに私が厳しい状態になっているのに、どうして2倍以上も生きられるだろうか。この倍もつらい思いをしなければならない。この倍の回数も死にたいと思わなければいけない。
人生って短いのだと気づいたとき、もう私の人生は終わっていた。若いときと比べたら、10分の1も動けない。頭も正常には働いていないだろう。若い子たちのほうが、正しいことを知っているように思える。私は間違っていても、自分の考えを世に出していくしかない。なぜなら、もうそうすることしかできないのだから。
こんなことを書いているが、若い子たちは本当かと疑うかもしれない。
たとえば、私が高校生活を終えたのは、18歳のときだ。もう10年以上も、50m走をしていない。走ることさえ、もうほとんどない。それなのに、私はまだ、50m走をしたら記録が8秒くらいだと思っている。18歳の子と同じように走れるだろうか。そんなわけがない。私の今の50m走は、記録するにも値しないということだ。カタツムリと同じ記録だと思ってもいい。スポーツ選手でさえ、30歳を過ぎたら衰えてくる。私がどうしてその人たちより衰えていないというだろうか。私は随分老化している。もう10年先でさえ自分の身体を引きずって歩く自信がない。こんな筋肉のない身体で、こんな脂肪の多い身体を。
しかし、頭はいいだろう。18歳の子より、数学も英語もできないだろうが、大人の世界はちょっと自慢気に語れるかもしれない。もっとも、若い子たちはこんな老人の話など、お金を払っても聞きたくはないだろう。だが聞いてもらう。いつか何かの拍子に思い出す可能性に賭けて。なぜなら、そうでもしないと私の生きている意味はないから。老いぼれが変な事件を起こさないためのボランティアだと思って、どうか少しだけ付き合ってほしい。
私は、大学は卒業した。工学部である。工学部の学ぶことは、ずいぶん古典的なことである。やれあの偉い昔の学者の発見した法則だの、昔ながらの機械でこんなものが測定できるだの。そんなもの、今の世の中さっぱり役立たない。もちろん学ぶ意味はある。原理原則を知らないことには、世の工学を扱っていくにはあまりにも危険だからである。だが工学部を目指す人には知っていてほしい。工学は、縁の下の力持ちの仕事をしていく人たちの学ぶものだと。つまり、それだけでは食っていけないのを了解して学ぶものなのである。勿論、コンピュータ技術を学ぶ人には最新の知識も入ってくるかもしれない。だが土木だの数学だのは随分古めかしいことを、そして教えてくれる教授たちも、頭が岩のようだということを知っておいてもらいたい。それでも、安く安全なものが全員に享受できるものとして普及しないと、生活は随分苦労する。誰にもほめられない学問である。やれやれ大変なことだ。体力が使えなくなったとき、我々は何の役に立つのだね。この岩の頭を動かしても、若い子たちが目を輝かせてくれるとは思えないが。モテない学問だね。
だから、若い体力のある子たちの世に出るときには、工学はアルバイト用に使われていればいい。難しい計算式は、教科書を見れば書いてあるし、コンピュータが計算してくれる。それが合っているか、確かめられれば十分である。確かめられなかったら、年寄りに聞けばいい。偉そうな顔をして自慢げに確かめてくれるから。こんなこともわからないのかと。わからなくていい、私はそれが正解だと思う。年寄りのほうが、若い子たちから考え方をもらっている。彼らはもらうだけもらって、お金にして、黙って子どもに渡しているのである。さも自分の発想で稼ぎましたというように。年寄りなんて、みんな詐欺師である。と、私は思うし、それを若い人たちに知ってもらいたいと思うが、私の世に出るときには、それは知らされていなかった。ただ偉そうな老人がいただけである。
年寄りのいうことなんて、一つも聞かなくていい。少なくとも、成人した人たちにはそんな必要はない。彼らの仕事は、若い子たちの命を守ることだけである。今ある命を大切にして、危ないことだけは教えて。彼ら彼女らが自分で自分の命を守れるようになったとき、もう年寄りは必要ない。あとは年寄りたちの話は、フンフン聞き流していればいい。
大人というもののヒミツ ピチャ @yuhanagiya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
道化/ピチャ
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
社会と金と弱者 ―対話―/ピチャ
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
男性と女性の時間間隔/ピチャ
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
酒と悪/ピチャ
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
最良の道/ピチャ
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
人間の機械化/ピチャ
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます