メクス
「世界には真理と摂理がある。
君が今、目にしているリンゴは摂理である。
そして、リンゴが僕の口に運ばれるのも摂理である。
そのリンゴを掠め取って、兎型に切ってくれたエミリアさん。
彼女は真理である。
真理とは大抵、魔法使いの起こす事象、又は魔法使いそのものを指す言葉である。
二人の人物が道に迷っていたとしよう。
一人は只の凡人である。凡人が道端の棒を倒す。この行為は摂理である。
この行為の本質は重力によって棒が倒れる。ただそれだけの事象である。
もう一人は魔法使いである。
魔法使いが棒を倒すこと、それ即ちこの世の真理である。
魔法使いは世界と、神と繋がっている。彼らが望むように世界は改変される。
彼らの思うように世界は紡がれる。
之こそが魔法使いの特性である。
では、魔法使い同士の戦いならどうだろう。
ここに二つのケーキがある。
ひとつはショートケーキ。もうひとつはチーズケーキ。
互いに手を伸ばした瞬間、目的が合致していることを悟る。
この場合、直接的な魔法の妨害では効果が薄い。
魔法使いの魔法と魔術師の魔術ではプロセスが違う。
簡単に言えば、魔法使いは結果を得るために手段を択ばない。
たとえそれが世界そのものに干渉しようとも。
だからこそ、魔法使い同士では世界の因果は味方をしない。
ではどうするか。
簡単なことである。他の事柄で勝負をつければいい。
今回の例を見れば、エミリアさんが無駄に地震の身体能力を駆使してシュルト君の手を叩き、怯ませた隙にショートケーキを奪い去った。実に大人げない戦法である。
このように、魔法使いは魔法のみを極めれば良いのではない。
全てにおいて努力を惜しまず、全てにおいて完璧を目指す。
それが魔法使いとしての、天才としての歩み方である。
わかったかな。」
「偉そうに教鞭を垂れてないで、もうワンセット筒ケーキを買ってきなさい。メクス。」
「おやおや、僕は君達の好物を理解していた心算だったが。」
「普段であればそうでしょうね。でも、私もシュルトも今日はショートケーキが食べたかったの。だからもうワンセット買ってきなさい。
「横暴。これこそが魔法使いの本質である。」
「いい加減黙りなさい。こんな紅茶の時間にまで勉強とか。シュルトがかわいそうでしょ。」
「むしろ彼は熱心に聴いて居られました。集中が途切れてしまったのはむしろ貴女の方なのでは、エミリアさん。」
「何、雇い主に文句を言う気。」
「いえいえ、滅相も無い。ではシュルト君、私はケーキをもうひとセット買ってきます。それ場で暫しの間休憩です。」
「わかりました。」
ばたんと扉が閉じられると同時に、エミリアが溜息をつく。
「全く、小さい頃と何も変わってない。あの面倒な性格、どうにかして治らないものかしら。
まあ、いいわ。そのケーキ、美味しいかしら。」
「はい、とても。でもいいのですか。僕の手を叩き落としてまで食べたかったショートケーキじゃ。」
「いいのよ。あの場で勝つようにってメクスの指示だったから。」
「メクス先生の。」
「そう。あいつは何時でも完璧である事を理想としている。だけど、自分は完璧にはなれない。あいつは魔法使いではないから。だからこうして、若い魔法使い対して完璧の心構えを説くの。つまり、あいつは君に夢を託しているのさ。自分では叶える事すらできない、儚過ぎる夢を。」
「そうですか。」
少しフォークが重くなってしまったシュルトに、エミリアはしばし考えた後、何も言わないことにした。その代わり、優しく頭を撫でてあげるのだった。
シュルト達がこのロメリスタ王国にやってきて三週間程がった。それから同じ屋根の下での共同生活を経験することにより、彼らの関係は少しずつ円滑になってきていた。
だがしかし、エミリアにとって、シュルトに手を上げたことは今日が初めてであった。
シュルトは気にしてはいなさそうだが、人の心理を図れると思い込むほどエミリアは愚かではない。
彼の頭を撫でながら、もう少し様子を見るべきだと心に決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます