悪食の彼女。五里霧中

日奈久

第1話 人間と獣の境目

「これチェックお願いします。」

「さすが、早いですね。市松さん。」

私は上司の鏡野に書類を提出する。

鏡野は、目視でデータを素早く見比べて微笑んだ。

「はい。ありがとうございます。問題ないです。」

「ほか書類とかあればやりますよ?しばらくリフレッシュ休暇ですから、今日は残業するつもりです。」

山積みされた書類に目をやる。おそらく一人でやるにはあまりにも多い量だ。

「ああ、大丈夫です。今日締切のものはないので。」

私はその一言で安心した。

こんな量まともでやってたら間違いなく徹夜だ。

そんな作業量、嫌すぎる。

「ーーそれより、来週の飲み会ってどうされますか?」

「ごめんなさい、私は欠席で。」

「……やっぱりそうですか、わかりました。じゃあ、お疲れ様です。」

「はい。お疲れ様です。」

私はカバンを持ち、廊下に出た。

給湯室から何やら声がする。

「飲み会、市松さんだけ欠席?あの人なんでいっっつもこないの?」

「ダイエットしてるみたいで、来ないらしいよ。」

「そうなの?十分痩せてるのに。むしろ痩せすぎで心配になるー。」

「社長とのランチミーティングすら断ってるもの。」

自分の噂話ってよく聞こえるもんだと感心する。

「え。タダで豪華な昼ごはん食べれるのに?」

「何かお昼は白湯しか飲まないんだって。」

「白湯?!大丈夫なの、それ?!」

「さあー?わかんない。」

「美意識高そうだもんね。何目指してるんだろう?」

「やっぱりお付き合いしている人が厳しいんじゃない?」

「お先に失礼しますー。」

好き勝手話す社員たちに挨拶をしてさっさと帰る。カバンを開けて水筒を取り出しわずかに残った白湯を飲む。

「……お腹すいた。」

歩いて10分。

会社の目と鼻の先の自宅のドアを開けると、美味しそうな匂いと油の跳ねる音がした。

「ただいま。明葉めいは。」

「おかえり、イチカちゃん。」

笑顔で彼女が出向かけてくる。

そして、目の前には大皿の唐揚げがあった。

気がつくと、箸を持ってた。

「わ!食べていい?」

「……手だけ洗ってね。」

私は電光石火で洗面所に向かい、手を高速で動かして石鹸を泡立てて勢いよく水で洗い流した。

「わ!わ!食べるね!食べるからね。」

「はいはい。どうぞ。味噌汁できるから待っててね。」

唐揚げは30個食べたところで、顔が真っ青になる。

すでに皿にあった食べてしまっている。

またやってしまった。

「……明葉の分ってあった?」

「先に作りながら食べてるから気にしないで。」

「え。ご、ごめんね!嫌だったよね。」

「いつものことだから、大丈夫だから。」

私はやっと箸をおいた。

食べ物を見ると見境なくたべてしまう。

世にいう食い尽くし系ってやつだ。

理性が本当にないので、他の人の皿にある分も食べてしまうし、ましてや飲み会やランチなんて絶対に行けない。

今の彼女は、それも理解して私と付き合ってくれた。

「ほい、第二弾だよ。イチカちゃん。」

さっきより多い唐揚げが皿に盛られた。

無我夢中で口に入れ続ける。

「いつぶりの食事?」

「1日半くらい。」

「その間はずっと白湯だけ飲んでる?」

「まあ、正直食いだめはできるから。」

「……よく耐えれるね、それ。」

彼女は呆れていた。

「そういえば、明日からしばらくいないんだっけ?」

「うん。法事で実家に帰るよ。」

「そう、寂しくなるわね。」

「どうせ明葉もずっと仕事でしょ?今日が休みだっただけで。」

「まぁね。」

「来週には帰る予定だから。」

「うん、待ってるから。」








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