日願ノ國ノ鬼退治―旅は道連れこの世は奈落渡る世間に仏なし

透峰 零

鬼灯の一族

鬼灯ほおずきの一族”というものがいる。

 十二ある日願国ひがんこくの領土のうち、の領に本家をおく一族だ。領主である朱華はねず家に仕える彼らの表向きの役職は、刀剣の試し斬り。

 子領産の鉄は実に日願国の八割を占めるとも言われているが、盛んな製鉄業の中でも特に刀剣の素晴らしさは群を抜いていた。斬れ味はもとより、その美しさと頑強さは他に類を見ず、遥か帝都からも買い付けの商人が絶えないほどだ。

 良質な炭と砂鉄がその品質を支えていることは間違いないが、前述した“鬼灯”達が一端を担っているのもまた事実であった。

 彼らが試し斬りの際に使用するのは、巻藁や青竹などの据物ではない。

 死体――それも、人ではなく鬼を使うのだ。鬼とは元は人であり、鬼の病に罹患した者が異形へと変じた姿である。

 卓越した技量を持つ鬼灯の斬撃はあまりにも早く美しいため、刃には血の一滴すらつかぬと言われている。


 そこが、曼珠の育った場所だった。


 表向きは領主に仕える裕福な一族。その実態は汚れ仕事を一手に引き受ける穢れ役でもあった。

 死刑囚への刑の執行、政敵の暗殺。そして、鬼を使った試し斬り。

 鬼の死体が手に入らない時は、死刑囚に鬼毒を摂取させて鬼へと変じさせてから殺した。

 一族の者は、鬼毒――鬼の血液や体液に塗れる生業なりわいゆえ短命である。三十まで生きることはなく、それゆえ後継者不足に常より悩まされてきた。

 だからだろう。一族はいつからか世襲制を止めた。

 代わりに見込みのある親なし子を拾い集めては技を教え、一族としたのだ。

 曼珠もそうしたうちの一人であった。

“鬼灯”の外聞は良くなかったし、「地獄のような場所」と言われているのも知っていた。

 だが、曼珠は地獄だと思ったことは一度もない。

 確かに修行は辛かった。人を斬った夜は、最期を思い出して眠れないこともあった。でも、それだけだ。

 飢えることも凍えることもないし、理不尽に暴力を振るわれて奪われることもない。

 拾ってくれた“鬼灯”の長は、残酷だが誠実だった。


 ――私はお前を救ってやれない。別の地獄に連れて行くだけだ。それでも良いなら、選べ


 差し出された冷たい手を掴んだのは自分だ。だから、後悔は微塵もない。

 教育や礼節と並んで、人を殺す術を叩き込まれただけだ。


 非道だと顔を顰める者はいるだろう。哀れだと嘆く者もいるだろう。

 非難も同情も、結局は余裕のある者の傲慢で勝手な感情だというのに。

 だったら助けてくれ、と幼かった自分は叫んだかもしれない。


 結局、小汚いガキに手を差し伸べてくれたのは一人だけだった。

 その手を掴まねば、曼珠は三十年どころか一月ひとつきすら生きられはしなかったのだ。




 もっとも、今とて死にかけてはいるのだが。

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