日願ノ國ノ鬼退治―旅は道連れこの世は奈落渡る世間に仏なし
透峰 零
序
鬼灯の一族
“
十二ある
子領産の鉄は実に日願国の八割を占めるとも言われているが、盛んな製鉄業の中でも特に刀剣の素晴らしさは群を抜いていた。斬れ味はもとより、その美しさと頑強さは他に類を見ず、遥か帝都からも買い付けの商人が絶えないほどだ。
良質な炭と砂鉄がその品質を支えていることは間違いないが、前述した“鬼灯”達が一端を担っているのもまた事実であった。
彼らが試し斬りの際に使用するのは、巻藁や青竹などの据物ではない。
死体――それも、人ではなく鬼を使うのだ。鬼とは元は人であり、鬼の病に罹患した者が異形へと変じた姿である。
卓越した技量を持つ鬼灯の斬撃はあまりにも早く美しいため、刃には血の一滴すらつかぬと言われている。
そこが、曼珠の育った場所だった。
表向きは領主に仕える裕福な一族。その実態は汚れ仕事を一手に引き受ける穢れ役でもあった。
死刑囚への刑の執行、政敵の暗殺。そして、鬼を使った試し斬り。
鬼の死体が手に入らない時は、死刑囚に鬼毒を摂取させて鬼へと変じさせてから殺した。
一族の者は、鬼毒――鬼の血液や体液に塗れる
だからだろう。一族はいつからか世襲制を止めた。
代わりに見込みのある親なし子を拾い集めては技を教え、一族としたのだ。
曼珠もそうしたうちの一人であった。
“鬼灯”の外聞は良くなかったし、「地獄のような場所」と言われているのも知っていた。
だが、曼珠は地獄だと思ったことは一度もない。
確かに修行は辛かった。人を斬った夜は、最期を思い出して眠れないこともあった。でも、それだけだ。
飢えることも凍えることもないし、理不尽に暴力を振るわれて奪われることもない。
拾ってくれた“鬼灯”の長は、残酷だが誠実だった。
――私はお前を救ってやれない。別の地獄に連れて行くだけだ。それでも良いなら、選べ
差し出された冷たい手を掴んだのは自分だ。だから、後悔は微塵もない。
教育や礼節と並んで、人を殺す術を叩き込まれただけだ。
非道だと顔を顰める者はいるだろう。哀れだと嘆く者もいるだろう。
非難も同情も、結局は余裕のある者の傲慢で勝手な感情だというのに。
だったら助けてくれ、と幼かった自分は叫んだかもしれない。
結局、小汚いガキに手を差し伸べてくれたのは一人だけだった。
その手を掴まねば、曼珠は三十年どころか
もっとも、今とて死にかけてはいるのだが。
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