酒論・肴論~飲兵衛はかく語りき

鶴崎 和明(つるさき かずあき)

第1話 呑兵衛はかく語りき

 塩で酒を飲む、というのを知ったのは一体、いつのことであったか。

 並々と注がれた升酒を、小皿に成した真っ新な盛り塩の山を摘まみながら、ちびりちびりとやる景色に憧れて今に至る。

 なんともいいじゃないですか、濃紺の着物に身を包んだ精悍せいかんな壮年が、カウンターに背を正して立って飲む姿というのは。

 穏やかな会話の合間に在って、そこだけ静寂が描き出される……。


 そんな酒飲みに、私はとてもなれそうにない。


 酒を飲み始めて十五年が過ぎた。

 いや、正しくは大手を振って酒を飲み始めてから十五年だ。

 五歳の頃に間違えて芋焼酎で独り酒盛りした事件を入れてしまえば三十周年となるが、あれは誤飲の類だからノーカンとしよう。

 それにしては嬉しそうに飲んでいたような記憶ものあるのだが……。


 話は逸れてしまったが、私の生活くらしと酒は切っても切り離せない。

 酒を飲まない日はほとんどなく、むしろ、酒を中心として私の生活は回っている。

 夕食もすっかり酒肴を軸として考えるようになってしまっており、白米を拝むことなく一日を終えることも多い。


 晩酌で飲むものも、昔は発泡酒や日本酒ばかりであったように思うが、今はウィスキーや焼酎が多くなった。

 歳を重ねて翌日に残りにくいものを選ぶようになったのであれば、まだ救いようがあるのだが、実際にはその方が安上がりだからである。

 夢見たような小粋な酒飲みなどそこにはなく、捨て鉢になった三十路男が暗がりに正座するだけでしかない。

 その日の終わりに、浴びた幸せを噛みしめながらるのであればまだ救いもあろうが、出てくるのは愚痴ばかり。

 本当に美味いから飲んでるのだろうかという問いかけは、隣の宵闇に消えていく。

 返ってくるのは爛れた生活より抜け出そうとする腹ばかりだ。


 このような生活をしていれば、自然と頭の動きも鈍くなり、以前は毎日のように書いていた文筆も進まなくなる。

 体力の衰えかと自嘲しながら、安易な逃げを打つ自分の姿に辟易しつつ、それでも誘惑には勝てない。

 抗えよという悲痛な心の叫びは、ウィスキーソーダの泡沫のように虚しく消え続け、一年半ほどの無気力と連れ添ってきた。


 これを以前の私であれば気合で跳ねのけ、また敢然と文筆に挑もうとしたことだろう。

 二年前に食を描いた頃の私には、まだそれだけのがあった。


 しかし、いよいよ呑兵衛としての色が濃くなった今、それでも良しとしてその姿を敢えて書くべきではないかと思っている。

 何の生産性もなく、取り柄もなく、気高さも上品さも脇に置き、ただただ酒を抱き、酒に抱かれる……。

 ひたすらに、酒に溺れることに熱中し、そのために一日を支払う。

 そんな自分の考えを、酔いにまかせて書き綴ってみるのもまた楽しいのではないか。


 そこで書き始めたのが、エッセイと呼ぶにはちとおこがましい本作である。

 酒飲みではなく、我々の在り方を電子の海に刻み、未来永劫残しておきたいという建前の下に、呑兵衛として好き勝手に書きなぐってやろうと思う。


 本作をあまり期待してはならない。

 読んでほしいというしみったれた虚栄心があるからこそ書き進めていくのだが、その中身は呑兵衛の呑兵衛による呑兵衛のための自慰本である。

 酒を飲まない人からすれば、あるいは、酒をとする人からすればひどく滑稽こっけいに映ることだろう。

 危ないと思った方には、ここで回れ右することをオススメする。

 別の意味で危ないと思った方には、ここで業務用大容量ウィスキーの準備をお勧めする。


 それでは、これより呑兵衛として酒と肴について論じていこう。

 そして、本作では呑兵衛を次のように定義したい。


「自分の好きなように酒を飲み肴を合わせ、いつかの大往生を願う、浅はかで一人ぼっちで救いようのない人種」


 書きながらアイデンティティーという言葉が頭をよぎる。

 なるほど、今度からはこれを自己紹介にしようと思ったところで、今宵は酔いが酷く回ってきた。

 ウィスキーのお湯割り五杯でこれとは、何とも情けなや……。

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