第28話 最低!


 俺は、ひどく混乱していた。

 自分の体が、いきなり人型になったかと思ったら、帰ってきた将軍に、めちゃくちゃいじられた。


 将軍が帰ってきてくれたのは、単純に嬉しい。

 彼が俺を「かわいい」とか「きれいだ」と言ってくれたのは、くすぐったかったけど、悪い気はしなかった。


 けれど。

 あれは、やりすぎだと思う。

 今でも、股がすれて痛い。体中、ひりひりする。


 初めてだったんだ。あんな風に熱を持ったのは。それに、何? あの突きあげてくるような快感は!


 一度で充分だった。多くても、2度。それ以上は、耐えられない。


 それなのに何度も搾り取られ、いろんな姿勢をさせられ、口づけられ吸われ噛まれ、果ては、熱いものを体中にかけられた。


 最後の方は、殆ど記憶がない。

 そして目が覚めたら、カエルの姿に戻っていた。



 慌てた将軍は、あろうことか、医者を呼んできた。

 寝乱れた寝室に。彼が、さんざん狼藉の限りをつくした、淫靡な部屋に。


 部屋に入ってきた医者は、顔を顰めた。すぐさま、窓を開けるよう、将軍に言いつけた。彼は、唯々諾々と指示に従っている。恥ずかしさで、俺は、死にそうになったものだ。



 将軍と医者は、長いこと話していた。

 そして、俺は知った。


 ケンタウロスのルイーゼや人魚のシャルロット、さらには、以前、彼のハーレムにいたという、積極的な人間の女の子にさえ、彼が手を出さなかったわけを。

 ロンウィ将軍には、心からの愛を捧げた人がいるから。


 じゃなくて。

 いや、それもショックだったけど!


 軌道修正。

 彼が、女の子達を避けていた本当の理由だ。

 それは、のせいだ。

 誰とでも、来る者拒まずでやりまくった結果じゃないか!


 しかも彼には、心を捧げた、愛する人がいるというのに!

 そうした大事な人がいながら、身の回りの女の子たちを次々にベッドに入れていたなんて!

 きっと、俺にしたように……ああ、鼻血が出そう。

 最低!

 ロンウィ将軍は、最低のろくでなしだ!





 目の色を変え、ロンウィは、走った。


「おい! カエル! カエルを見なかったか?」

通りかかった兵士を捕まえ、尋ねる。


「カエルですか? さあ」

兵士は首を傾げる。

「でも、いいですね! 祝賀祝いに、カエルの揚げ物!」


 危うく、殴りつけそうになった。


 厩舎の近くで捕まえた兵士は、もう少し、役にたった。


「グルノイユですね?」

 彼は、獣人が人型になった兵士だった。

 グルノイユの言葉がわかる。

「中央軍へ行く伝令にくっついて、出ていきましたぜ」


「中央軍?」


 ゴドウィ河上流に残してきた、ロンウィ自身の部隊だ。

 少し、ほっとした。

 自分はまだ、彼に捨てられたわけではない気がする。


「それが、一番早く出発するやつだったからです。とにかく、北軍ここには、もう、一瞬たりともいたくないそうです」


 不穏な言葉だった。


「馬を用意しろ!」


 ロンウィは叫んだ。必死で追いかければ、途中で追いつけるだろう。

 追いついて、どうするかは、我ながら不明だった。

 だって、し?

 とりあえず、グルノイユが、伝令の兵士と一緒だというのが、耐えられなかった。彼は、兵士の、胸ポケットにいるのか? それとも、尻ポケット?


 「ロンウィ!」

 胴間声が聞こえた。

 ゆうべの深酒で声を潰した、クレジュールだった。

「ここにいたのか、ロンウィ! よく寝たか? おや、随分顔色が悪いな」


「顔色が悪いのは、元からだ。ゆうべは、ぐっすり眠った。久しぶりで夢も見ず」


 おいしい眠りの後、恐怖の朝を迎えたわけだが。せっかく発情してくれたグルノイユが、カエルの姿に戻ってしまった……。

 クレジュールは、がははと笑った。


「眠れたんなら良かった。おれなぞ、寝不足だよ。ラウラが眠らせてくれなかった」


 同僚ののろけを聞いている暇はないと、ロンウィは思った。


「クレジュール、見ての通り、俺は、急いでいる」

「なんで?」

「中央軍へ帰る。大至急だ」

「はあ? 何言ってんだ、ロンウィ。戦後処理が残っているぞ」

「それは、北軍でやればいいだろ」

「だめだ。君も来るんだ。これから、エスターシュタット軍と、人質交換だ」

「いやだ」


 ロンウィの拒絶を、クレジュールは、あっさり無視した。


「向こうの大将が、えらくお前と会いたがっててな。ぜひ、連れてきてくれと頼まれた。お前のファンなんだとよ」

「だめだ、クレジュール。俺には、急用が、」

「急用? 戦勝国の我が国が、相手国を潰す、ぎりぎりまでの賠償を獲得する。それ以上に急ぎで大事な用など、あるものか。ああそうだ。戦死者を埋める場所の選定もしなければならない。壊しちまった建物の、瓦礫の処理も。やることは山積みだ。行くぞ、ロンウィ」

「だから、それは北軍でなんとかし、おい、クレジュール!」


 クレジュールはロンウィ戦友の腕を掴んだ。

 ロンウィ・ヴォルムスは、交渉力に長けている。その上、元貴族の彼は、エスターシュタット語も堪能だ。


 ここでむざむざと、中央軍へ帰らせるわけにはいかない。

 委細構わず、引きずっていく。







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