第9話 遠足



 遠征から帰ってきたロンウィ将軍は、彼のハーレムに籠って過ごした。


 偵察を気づかれ、ブランデン軍の守備部隊と戦闘になった。例によって、部下の先頭に立ってブラウデン軍に突っ込んでいったロンウィは、負傷して帰ってきた。

 幸い傷は大したことはなかったが、敵弾が馬に命中し、可哀そうな軍馬は、失明した。

 将軍は馬から振り落とされ、しばらく立ち上がれなかったそうだ。


「だから、あたしが行くって言ったのよ! 騎手を振り落とすなんて! 図体がでかいばかりの軍馬って、ほんと、ダメね」

 将軍が帰還してからずっと、ルイーゼは鼻息が荒い。彼女は、彼女の大事な将軍が、怪我をしたことが、許せないのだ。


「コラーはよくやったよ」

仰向けに寝ころび、将軍は言った。シャルロットに膝枕(魚の尾枕?)をしてもらっている。

「だが、銃弾が当たって……軍馬には使えなくなってしまった」


「次は、あたしを連れてって」

すかさずルイーゼが言う。


 屈んで垂れ幕を潜り、副官のレイが、テントに入ってきた。

「コラーはどうしてる?」

 不満そうなルイーゼには答えず、ロンウィは、レイに尋ねた。ひどく心配そうな声だった。

 レイは、肩を竦めた。

「傷が癒え次第、種馬にします。彼はこれから、幸せな余生を送れるわけですよ。まったく、うらやましい」

「君も早く結婚したらいいじゃないか、レイ」

「あなたがそれを言いますか」

副官のレイはむくれた。


 ロンウィは、愛馬の将来が幸福なものとなりそうで、ほっとした。だが、彼には、馬が必要だった。


「新しい馬はまだか?」

「新しい馬? 中央政府に頼んだのですか?」

レイが尋ねると、ロンウィの頬が、さっと赤らんだ。

「違う。皇帝に」

「皇帝に? いいえ。馬は、届いていません」

「そうか……」


 ロンウィはため息を吐いた。

 胸の奥から吐き出されたような、深い溜息だった。


 レイは、上官は、馬が届かず、失望しているのだと思った。宥めるように、彼は言った。

「皇帝はきっと、お忙しいのでしょう。私から、大臣に手紙を書きますよ。あなたのだけじゃなくて、馬の数そのものを増やさなくてはなりません。なにしろ、軍には馬が足りてなくて、牛も使ってますもんね。それから、歩兵も、もっと送ってもらわなくちゃ。随分長いこと、火薬や銃弾の補給もありませんし」


「次は、私が将軍と一緒に行くの!」

 ルイーゼが、4本足を踏み上げ踏み下ろし、駄々をこね始めた。


 うっすらと、ロンウィが微笑んだ。

「それからな、レイ。しばらく休暇を取る。なにしろ、傷が痛くてな」

レイが慌てた。

「大変だ! 大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。だが、休養が必要だ」

「構いません、いくらでも養生なさってください」

「ありがとう。若い女の子と遠足に行けば、すぐに治ると思うんだ」


 蹄で土を踏み鳴らす音が、ぴたりと止んだ。

 副官のレイは、呆気にとられている。


 にやりと笑い、ロンウィは続けた。

「ここにいる、ルイーゼと」


 きゃあ、と叫んで、ルイーゼが、ロンウィの首にしがみついた。


「遠足って……、将軍。傷が痛いんじゃ……」


 ルイーゼに飛びつかれ、危うくシャルロットの膝からずり落ちそうになった、だらしない将軍の姿から、レイは、眼をそらせた。

 ロンウィは、一向に、頓着しない。


「俺は、じっとしてるのが嫌いなんだ。わかるだろ? ブランデン軍前線基地の、あの無防備さでは、暫く、戦闘はなさそうだ。わが軍は、お前に任せる」

「えっ! 副官の私をおいて行かれるつもりですか?」

「すぐ帰るよ。心配するな」







 偵察から帰ってきたかと思ったら、またすぐに、ロンウィ将軍は出かけてしまった。

 例によって、地味な格好をして、少人数の供しか、連れて行かなかった。一応、将軍は怪我をしているので、馬車に乗っていった。


 一応、と言ったのは、彼は、とても元気だったからだ。落馬して、全身打撲だというが、ぴんしゃんしていて、自分で荷物を馬車に積み込んでいた。

 どこで借りて来たのか、乗り心地の悪そうな、民間の馬車だった。軍の司令官の一行というより、貧乏人の夜逃げにしか見えない。


 馬車の横を、ルイーゼが並走していた。彼女は、とても嬉し気だった。それで、月末の支払いに切羽詰まった一行が、ケンタウロスを誘拐した……という疑惑だけは、なんとか、免れていた。


 人魚のシャルロットは、ハーレムに残っていた。宦官たちも一緒だ。


 小鳥のアミルともぐらのラフィーは、遠征から帰ってこの方、軍に入り浸っている。新兵たちに混じって、軍務の手ほどきを受け始めたのだ。

 「もっともっと、ロンウィ将軍の役に立ちたい!」

アミルは、しょっちゅうそう歌っているし、ラフィーは、塹壕掘りに夢中だ。

 副官のレイの話では、2人とも、軍務の素質があるという。


 アミルもラフィーも、とても楽し気だ。毎日が充実しているらしい。

 とうとう二人は、兵士らと生活を共にするのだと言って、兵舎に移ってしまった。

 ハーレムの隣のテントには、俺一人になってしまった。


 ……役立たずだな、俺。


 決して。

 決して。

 ロンウィ将軍の役に立ちたいと思っているわけではない。


 父さんや姉さんは、高潔で徳のある人だと思っているみたいだけど、彼は、軍事基地である要塞に、ハーレムを囲っているような、ろくでなしだ。

 要塞にいるときは、毎晩のように、シャルロットとルイーゼを伽に呼ぶ。

 人魚とケンタウロスの美少女を。


 なんていやらしい男なんだ!


 でも、一人、テントに引き籠っているのは、もう、うんざりだった。







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