第4話 積み荷


 赤紙の少年は狭い荷馬車の荷物の隙間に埋もれるように座り、ガタガタとした揺れに身を投じる。荷馬車の中は空気がこもり、外からの光もほとんど入ってこない。誇りと湿気が充満し、木材や何かに使う資材の独特の匂いで気分が悪くなる。粗野な荷馬車のため、揺れると固い床に何度も尻をうつし、揺れが大きければ体が跳ね上げられ資材で頭を打つ。


 ユラに難民をこっそり運んでくれる人たちだと聞いたが、そのカモフラージュのためなのか荷馬車も荷物も何もかもが粗野で簡素である。このあたりの生活のレベルを考えると、これくらいが目だないのかもしれないが、少年は少しの違和感を覚える。


(それにしても道揺れすぎだろ)


 ユラには出発した町から隣国までは荷馬車でおよそ半日の距離で、資材の輸出となれば経路としてはそれなりの道路をを通る道になるだろうといわれていた。もし何かの事故にあえば、何もかもをおいていいから人混みに紛れて逃げろといわれている。

 少年はいわれなくても身の危険があれば逃げる気であったし、人混みがあるのならば小柄な自分には有利だと思っていた。


 だが、体感している道はずいぶんと派手に揺れ続けている。整備された道路を進んでいるというよりは、山道や砂利道といった悪路のような印象がある。


 道のことは詳しくわからないため、少年は静かに揺られ続ける。ずっと同じ姿勢でいるためからだの節々はいたいが、だからといって下手に動いたり場所を移すことで誰かに見つかるのは面倒なので、じっと堪え忍ぶ。


 どれくらいの時間進んだのかわからないなか、馬車の速度が落ち、やがて完全に止まったことを少年は気づく。到着するには早い気がするため、しばらく様子をうかがう。じっと最初に指定された場所で待っている少年の耳に誰かが近づいてくる足音が聞こえる。


「降りな、少年」


 そこにはガリガリに痩せた男・ラリーが立っていた。顔見知りに少しほっとし、ずいぶんと早くたどり着いたのかと思い少年はラリーに続いて荷馬車を降りる。


「・・・!」


 降りて早々に少年は異変に気づく。

 荷馬車が止まっているのはずいぶんと荒れ果て、廃れた村のようなところであった。だが、明らかにどこをみても人の生活している様子はうかがえず、廃村であることは容易に想像がついた。周囲の空気感も明らかに異様であり、少年はためらうことなくこの場から逃げようと走り出す。


「逃がさないぞ、お前は俺の人生最大のお宝だからな」


 すぐに少年の首根っこをつかみ、不敵にラリーは笑みを浮かべる。そのまま少年を引きずりながら、ラリーはひとつの荷馬車の前へとやってくる。

 少年が乗せられたものよりもずっと大きいそれは、中に入ると大きな鉄格子があった。すでに何人かが中にいれられ、手錠をされている。彼らに覇気は一切なく、うなだれ諦めきっているように見える。


「お前ほど鮮やかな赤髪と赤い瞳の人間はみたことがねぇ。宝石に飽きた大富豪に売るにはちょうどいい」


 暴れる少年を押さえつけ、ラリーは手錠をかけると容易く少年を鉄格子の中へといれる。


「安心しな、俺のお得意様はみんな金持ちだ。食うには困らねぇよ」


 ユラといたときには見せることのないラリーの不敵な笑みと、妙に自信に満ちた態度に少年はラリーの本性を悟る。今まで当たり障りのない態度と距離感に、お節介なユラの知り合いだと思っていた。だが、実際はユラが知っているのかどうかはわからないが常に金になりそうなものを探している猛獣のような男だった。


 ラリーは少年を鉄格子にいれたあと、仲間とおぼしき複数人の人物と話し込む。


「赤いやつをつれてきた荷馬車はいつもの谷に落とせ。今回の積み荷は東ルートでいく」


「レアなやつなら、さっさとワンドの旦那に売っちまえよ」


「なにいってんだよ、レアだからこそだろ。先に見せれば旦那ならどんな大金をはたいても欲しがる。オークションに出せば他のやつが勝手にに値上げしてくれる上、旦那は絶対最高額を出す。下手すりゃ一生遊んで暮らせるぞ」


 不敵な笑みと言い様のない独特な雰囲気をまといながらラリーとその仲間は物珍しそうに少年を見据える。品定めされるかのようなその視線など、少年は幾度となく経験してきており彼らがどういう人種なのかと嫌でも理解する。


 一通り盛り上がったラリーたちは姿を消し、牢獄と化した荷馬車の中は沈黙と諦めで空気が重い。

 少年は牢の中で座り込み、自身のなかに眠る力を感じとる。漠然とした揺らめく炎のような存在の力──魔力に少年は目覚めている。しかし正しい使い方もなにもわからないため、今までこういうときに役に立ったためしはなかった。どうすればこの力を使うことができるのか、力業でもなんでもいいから現状を打開したい。


 今までの旅路でこうして人さらいなどに捕まるたびに、自身の魔力をなんとか使おうとしてきたが使えたためしはなかった。今まで偶然と、ちょっとした隙をチャンスとして逃げ出してきた少年は自信の魔力を使おうとしながらも、いつかくる機会をうかがい続ける。



 しばらく少年たちを閉じ込めている鉄格子を積んでいる荷馬車は動くことはなく、なにかを待つように時間だけが過ぎ去っていく。他にも身売りに出される人間でもいるのかと思っていたが、少年の予想とは反し誰も少年以降に連れてこられることはなかった。


 やがて、なんの音沙汰もなく荷馬車は進み出す。大きな揺れを感じながら、少年はずっと集中して外の様子や周囲の状況をうかがい続ける。鉄格子にとらわれているのは少年を含み4名であるが、誰も口を利こうとはしない。荷馬車にはラリーとあと二人、彼の仲間とおぼしき人物の声が聞こえる。


 それなりに人さらいや人身売買に慣れているであろう大人三人を相手に逃げ出すとなれば、かなり大きなチャンスをうかがう必要がある。少年はその容姿の特殊さから度々捕まり売られかけ、そのたびにそういう連中にとって自分がいかに稀少なものなのかと痛感する。アクシデントが発生し、他の捕らわれた人間と共に逃げ出すときに大抵少年は一番最初に見つかる。


 見た目の派手さもあるのだろうが、何よりもそういう連中は少年の価値を見いだし、他の人間は逃がしても少年だけは捕まえておきたいという魂胆が見えている。


 そういう意味でも少年は出来たら髪だけでも染めてしまいたいのだが、そんなことに気を回していられるほど生きていくのは簡単ではなかった。食べるだけ、飲み水を得るだけで精一杯の毎日だった。



 機会をうかがいながらも、そういうものがすぐ来るわけではなく時間だけが過ぎていく。

 気を張る時間が長ければ長いほど少年の体力や精神力も削られていく。そんななか、ラリーたちはいくつかの富豪のもとを訪れながら、次にオークションに出品予定だという少年たち人間を紹介していく。そのたびに少年を見た富豪たちはラリーに先に自分に売ってくれとせがむが、ラリーはすでにオークションリストに載せているため無理だと断りをいれる。


 そうして淡々と少年は物珍しそうな富豪たちの視線を浴びていく。慣れたとはいえ、居心地のよい視線ではない。


 幾人の富豪のもとを訪れたのかもわからないなか、ひとつの豪勢な邸宅へと荷馬車はたどり着く。邸宅を囲む塀は天高くそびえ立つかのようで、その入り口の門がとても厳重に警備されている。荷馬車の隙間から見ただけでも、今までの者たちとは明らかに雰囲気が異なる。


「お前たちか。今は特にほしいものもないぞ」


 荷馬車の外から邸宅の主とおぼしき男と、ラリーたちの会話が聞こえる。


「旦那はあらゆる宝石、芸術品、人種をお持ちのコレクター様ですからね。あなた様のお眼鏡にかなうものなど、この世にほとんどないでしょう」


 わざとらしくラリーは相手を持ち上げる。


「世界は狭いものだな、ほとんどあらゆるものがうちにある」


「ひとつ、旦那におすすめ品がありまして」


 そういい、ラリーは男に荷馬車の隙間を覗くように言う。男は少し訝しげにラリーを見返すが、ゆっくりとなかを覗く。すぐに少年は男と目が合い、男は驚いたのちに口許に笑みを浮かべる。


「なんだ、あれは」


「俺たちも詳細なことはわかりません。ただ、この商売をしてきてあれほどの赤髪と赤い瞳の人間は見たことがありません。この機会を逃せば次はないでしょう」


 ラリーの言葉に耳を傾けながらも、男の目は少年に釘付けになる。獲物を見つけたかのように少年の表情ひとつ、呼吸ひとつすら舐め回すかのように見つめる瞳は鋭い。


「久々に良いものを見た、オークションが楽しみだ」


 にやりと男は笑い、少年はその男を睨み返す。





 そうして富豪たちのもとを見世物にされながら、少年たちを載せた荷馬車は進んでいく。






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