木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

第50話 突然の申し出

「ハアッ！！」

　メストが最後に残った魔物を切り伏せると、周囲にいた騎士達は揃って安堵の溜息をつき、その場に座り込んだり仲間同士で肩を組んだりした。

「お疲れ。今回の魔物討伐は、王都勤めの騎士達にとっていい荒療治になったんじゃない？」

　小さく息を吐いて剣を収めたメストのもとに、シトリンが人のよさそうな笑みを浮かべながら来た。

「おい、いくら何でもそれは不謹慎すぎるぞ。事情を知っている俺たち騎士ならまだしも、何も知らない平民がそれを聞いたら……」

「そうだね。とんだ誤解を与えるかもしれない。でも、メストだって本心はそう思っているでしょ？」

「それは……まぁ、否定はしないが」

「ほら～」

　確かに、突発的とは言え今回の魔物討伐は、『王都』というぬるま湯に頭まで浸かっていた騎士達にとっては良い荒療治になったのかもしれない。いや、なってくれないと困る。

　からかうように笑うシトリンを鋭く睨んだメストは、そのままレイピアを携えた人物に目を向けた。

「そういえば、彼もあの場にいたんだよね」

「あぁ、いきなり現れた時は驚いたが、彼が来てから魔物討伐が一気に早くなった」

「そうだね。彼、無表情のまま魔物達の攻撃を易々と躱しつつ確実に仕留めていたから」

　王都勤めの騎士達が疲労困憊で座り込んでいる中、疲れた様子を一切見せないまま愛馬に乗ろうとした木こりに、メストは足早に近づいて声をかけた。

「君、今回の魔物討伐に協力してくれてありがとう。お陰で村に甚大な被害が及ぶ前に奴らを全員葬ることが出来た。本当に感謝している」

　大勢の騎士達が見ている中、平民に対してお礼を言って深々と頭を下げるメストに対し、無表情の木こりは彼に目もくれないまま颯爽と愛馬に乗った。

「別に、あなた方のためにしたわけではありません。私はただ、村に被害を及ぶことを危惧したから魔物達を倒しただけです」

「あぁ、分かっている。それでも、礼を言わせてくれ。本当にありがとう」

　小さく笑みを浮かべながら再び礼を言うメストに、ようやく彼を一瞥した木こりは馬を走らせようと手綱を大きく持ち上げようとした……が。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ！」

　そそくさとその場から離れようとする木こりに、メストは慌てた様子で木こりの持っていた手綱に手をかけた。

「何ですか？　魔物は全て討伐されたんですから、私はこれにて失礼したいのですが？」

「っ！？」

　月明かりの下、黒いアイマスクの奥から覗いている淡い緑色の冷たい瞳で容赦ない言葉をかける木こりに、メストは一瞬だけ戸惑った表情をすると手にかけた手綱を強く握り締めた。

　ダメだ。俺は、彼のことについて聞きたいこともあるし、魔物討伐での彼の戦いぶりを改めて目の当たりにして、ある決意をした。

　王都では人目と立場を気にして中々話しかけられない木こりを目の前にして、僅かに顔を俯かせたメストはきつく唇を引き締めると、真剣な面持ちで勢いよく顔を上げた。

「あなたに聞きたいことがあるのです」

「またですか。私はあなたに答える義理はどこにも……」

「『無い』のは分かっています。だから、お願いがあるのです」

「お願い、ですか？」

　平民である木こりに敬語で話したメストは、持っていた手綱を離すとゆっくりとした足取りでステインの前に立ち、鞘に収めていた剣を引き抜くとそのまま構えた。

「俺と手合わせしていただけませんでしょうか？」

「メスト、剣を構えている時点でどう見てもお願いしている態度じゃないよね？」

　真剣な表情で剣を構えているメストに、シトリンは珍しく戸惑った笑顔をしながら言葉をかけると、それに同意した木こりも無表情のまま軽く頷いた。

「そうですよ。そこにいらっしゃる騎士様の言う通りです。とてもじゃありませんが、平民でしかない私に対して剣を申し込む態度ではありません。むしろ……」

　真剣な面持ちで目の前の人物を真っ直ぐ見据えているメストに、木こりは小さく溜息をつくと冷たい表情で口を開いた。

「脅しとしか捉えられませんよ」

　木こりの冷たい台詞に、少し遠くから2人のやり取りを見ていた王都勤めの騎士達は揃って侮蔑を含んだ笑いを零したが、剣を構えているメストは表情筋を一切動かなかった。

「そう捉えられても仕方ないです。ましては、騎士である私が平民であるあなたに剣を交えてさせて欲しいとお願いするなんてもっての外だと思います」

「そうですね。そう理解していらっしゃるのでしたら、さっさと剣を収め……」

「ですが！！」

　俺は、あなたの戦う姿を初めて目にした時から思っていたんだ！

　大声で木こりの言葉を遮ったメストは、何かを決意した男の顔で胸の内にずっと秘めていた決意を口にした。

「私は、どうしてもあなたと剣を交えみたいのです！　そして、願わくばあなたの……いや、あなた様の弟子にして欲しいのです！」

「…………はい？」

　今、何て言ったの？

　静寂の闇に包まれた森に響き渡った1人の騎士の懇願に、その場にいた全員が啞然とした。