第32話 謝罪とお礼と疑問

「ごめんね、うちの騎士が君に危害を加えるようなことをして。怪我は無かった?」



 2人の騎士が連行され、王都の街にいつもの穏やかな時間が流れる。

 そんな中、そそくさと御者台に乗った木こりに、シトリンが申し訳なさそうな顔で近づいてきた。



「いえ、いつものことですから大丈夫です」

「それは……本当に良かった。どうやらあの2人、魔法に相当自信があるみたいだから」

「そうですか」

「うん。だから、そんな騎士達からの攻撃に怪我を負わなくて本当に良かった」



(というか、ただの平民が騎士の攻撃を無傷で防ぐことが出来ないんだけど)


 騎士からの魔法攻撃をものともしなかった木こりに、苦笑いを浮かべたシトリンは何かを探るような目で見つめる。

 すると、問題を起こした2人の騎士を、駆けつけた騎士達に引き渡したラピスが戻ってきた。



「シトリン副隊長。件の騎士の引き渡しが終わりました」

「ありがとう。いつものことだけど仕事が早いね」

「いえ」



 憧れの上司から褒められ、照れくさくなったラピスをよそに、木こりは僅かに眉を顰めながらシトリンに声をかける。



「あの、そろそろ良いですか? あなた達と違って……」

「『急いでいる』でしょ? 引き留めてしまってごめんね。そして、あの2人を止めてくれてありがとう。心からの非礼と感謝を」

「いえ、失礼します」



 深々と頭を下げるシトリンと慌てて頭を下げたラピスを一瞥し、視線を前に戻した木こりは無表情のまま馬車を走らせた。



「それにしても、『いつものこと』ねぇ……本当は、そんな言葉で片づけて欲しくないんだけど」



 木こりを見送ったシトリンが、大きく溜息をつきながら肩を竦めると、隣にいたラピスが小さく頷く。



「そうですね。何せ、騎士が平民に手をあげたんですから。しかも正当な理由も無く。普通に考えても大事です」

「そうだね」



(でもまぁ、悲しいことに王都ここでは日常茶飯事みたいだけど)



「さて、僕たちも仕事に戻ろうか」

「ハッ!」



 見えなくなった馬車に小さく溜息をついたシトリンは、ラピスと共に哨戒に戻った。



「それにしても、シトリン副隊長。どうして、あんな公衆の面前で平民に対して深々と頭をさげたのですか?」



(メスト隊長の時もそうだったが、いくら騎士だからといえ、元は貴族の出だ。そんな我々が、平民に対してそう簡単に頭を下げてはいけない。しかも、公の場で……)


 非難が混じった疑問を口にしたラピスに、少しだけ冷たい目をしたシトリンがいつもの穏やか笑みを浮かべた。



「それはもちろん、愚行を犯した騎士達を止めてくれたらだよ。それ以外に何がある?」

「そう、かもしれませんが……ですが!」

「ラピス」



 不意に立ち止まった上司から名前を呼ばれ、ラピスは尊敬する上司が珍しく怒っていることに気づくと顔を強張らせる。



「貴族だろうが平民だろうが、何かをしてくれた人に対して礼を言うの、人として当たり前のことだよ」

「確かに、そうですが……」

「それに本来、僕たちが止めないといけない愚行を彼が止めてくれたんだから、尚更だと思わない?」

「…………」



 上司の正論に難しい顔をしたラピスは静かに口を閉ざす。

 そんな部下の肩に手を置いたシトリンは耳元にそっと囁く。



「そもそも、初級魔法1回分の魔力しか持っていないはずの平民が、中級魔法や上級魔法を魔力だけで打ち消せると本気で思っている?」

「っ! そっ、それは……」



(面白半分で放っていた騎士達の魔法を、ただの平民が魔力だけで打ち消せるとは、普通に考えてありえない話だ。でも、それは現実に起こってしまった)


 シトリンと共に駆けつけたラピスは、ただの平民が魔力だけで魔法を打ち消すところを初めて目の当たりにした。


 悔しさで拳を握るラピスを見て、シトリンは再び小さく溜息をつく。



「だからこそ、あの場で頭を下げたんだけどね」



(騎士の愚行を止められなかったお詫びと、自分達に代わって平民を守ってくれたお礼……そして、色々と規格外の彼への尊敬の念をこめて)


 俯くラピスの背中を叩いたシトリンは、いつもの柔らかな表情に戻すと街の様子に目を光らせた。


 その後、巡回を終えたシトリンとラピスは、近衛騎士団長のフェビルから直々に『平民に魔法を放った2人の騎士が、またしても宰相の私的理由でお咎め無しになった』という報告を受けた。

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