第16話 酒場と魔法と騎士

「店主様、紙袋を取りに来ました」

「おぉ、木こりさん! おかえりなさい!」



 メスト達と別れた後、木こりが紙袋を取りにお店の中に入った。

 すると、奥から現れた店主の男性が、預かっていた紙袋を両手に抱えながら出迎えてくれた。



「先程は突然、紙袋を預けるようなことをさせてしまい、本当に申し訳ございませんでした」

「良いんだよ! 木こりさんはうちの大事なお得意様だし、王都に住んでいる平民にとって頼もしい味方だから、このくらいは容易いことだ! ほら、預かっていた紙袋!」

「ありがとうございます」



 預けていた紙袋を受け取った木こりは、早速中身を確認する。


(良かった。全て村人達から頼まれて買った物だから、預けた時に傷つけたら何と言われるか)


 中身が無事なことに安堵していると突然、紙袋の上に赤い果物が乗せられた。



「店主様、これはさすがに……」

「良いんだ! むしろ、受け取ってくれないとせがれに怒られちまう」

「倅さん、ですか?」



(確か、修行か何かで隣国に行っている息子さんのことよね?)


 店主の言葉に首を傾げていると、店の奥から見覚えのある男性が現れた。



「おぉ、もう良いのか?」

「あぁ、ありがとう親父……って、木こりさん!?」

「あなたは……」



(先程、酔っ払い騎士に襲われていた人! えっ、それじゃあもしかして……)



「あの、店主様の倅さんって……」

「あぁ、あいつのことだ」



 すると、慌てた表情の男性が木こりの前に立ち止まると思いっきり頭を下げた。



「木こりさん、あの時は本当にありがとうございました! あなたのお陰で、こうして無事に家族の元に帰ることが出来ました!」

「そうですか。それは、良かったのですが……まさか、あの時助けた方が、店主様の息子さんだったなんて」

「そういえば、木こりさんはうちの倅と会うのは初めてだったな」

「えぇ、そうですね」



(お店に来る度に、店主様が息子さんの自慢話をしていたけど、まさかこの方が店主様の息子さんだったなんて……でも、よく見たら目元が店主様にそっくりね)


 男性2人を交互に一瞥して納得していると、無事に戻ってきた息子を見た店主が、突然眉を顰めた。



「それでお前、どうして騎士様に関わった? あれほど口酸っぱく言ったはずだが」





「そっ、それは……」



 厳しい顔をした父親からの指摘に、男性が気まずそうな顔で俯く。

 すると、親子のやり取りを傍観していた木こりが助け船を出す。



「あの騎士様に絡まれたんですよね?」



 木こりからの助け舟に顔上げた男性は、木こりの方を見て大きく首を縦に振る。



「そうなんです! あの騎士様、酒癖がとても悪くて、店の配達であの酒場に行った時には既に出来上がっていたんです! もちろん、関わらないようにその騎士様から距離を取っていたんですけど、酒場で働いている女の子に商品を渡した瞬間突然絡んできて……何でも、その子が騎士様のお気に入りだったらしく」

「あぁ、あの子か」

「親父、知っているのか!?」



 父親に視線を移した男性に、顎に手を当てた父親が深く頷いた。



「当たり前だろ。お前が帰ってくる前は、俺があの酒場に配達に行っていたんだ。だから、あの酒場のことは知っている。そのお前が声をかけた女の子って、可愛くて溌剌としている子だろ?」

「そうそう! その子だった」

「やっぱり。あの子は、酒場で人気の子なんだ」

「そうだったのか。それで、その騎士様から『その女は俺の女だから、気安く話しかけんじゃねぇ!』って持っていた斧をいきなり振り下ろしてきて巻き込まれた俺は……」



(なるほど。だから駆けつけた時、酒場の入口が抉られたような状態になっていたのね)


 男性の言葉に木こりが納得していると、親子が木こりの方を見ると揃って頭を下げた。



「ともかく、こうしてお前が帰ってくることが出来たのは、ここにいる木こりさんのお陰だな! 改めてありがとう!」

「助けていただいて本当にありがとうございました!」

「いえいえ、私はただ人として当たり前のことをしただけですから」



 そう言って店を後にした木こりは、すぐ近くに止めていた荷馬車に戻った。





「遅くなってごめん。さて、帰ろうか」



 大人しく待っていてくれた愛馬に労いの言葉をかけた木こりは、御者台に乗ると持っていた紙袋を後ろの荷台に乗せた。

 そして、手綱を持った瞬間、待っていましたとばかりに軽く嘶いた愛馬が走り出した。


(フフッ、本当にこの子は良い子ね)


 ゆっくり走っている愛馬にそっと笑みを零すと、不意に男性を救った時のことが脳裏に蘇った。


(あの時、本当はあの2人に任せれば良かったんだと思う。だってあの2人は、今まで見てきた騎士様達の中で遥かにマシだと思うから。でも……)



「あの2人だって騎士様。この前の騒動や今日起きた騒動みたいに、必ずしも仲裁してくれるなんて限らない」



 持っている手綱に力を込めた木こりは、大きく息を吐いた。


(それに、まで帰ってきていたなんて……正直、3とはこれっきりにして欲しい)



「あと、戦っているところは見られたく無かった」



(特に、レイピアに戦っているところは、尚更見られたくなかった)


 別れ際に見た3人の顔を思い出し、木こりはレイピアの鞘をそっと握る。

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