第5話



「ん? これは……」



 マーケット市場を見て回るクラフの目に、気になるものが飛び込んできた。マーケットの店舗は、販売のみを目的としているプレイヤーの場合、常に店舗主がいるとは限らず、無人であることも珍しくない。それもまたマーケット市場の特色であることをクラフは理解しつつ、販売されている品物を見て回っていたのだが、その中にこういったものがあった。





【火魔法のスキルスクロール】:スキル【火魔法】を習得できる。 価格:100ゼニル





 とある店舗で売られていたのは、スキルスクロールと呼ばれる使用するだけでスキルを習得できるアイテムだ。FLOSでのスキル習得方法は、特定の条件を満たすことで習得が可能だが、その方法は多種多様に存在しており、例えば肉を焼くことで【料理】のスキルを覚えることができるが、生産職人見習いのレベルが上がることでも【料理】のスキルを習得することができるのだ。



 その中の方法の一つとして、スキルを封じたスキルスクロールを使うことでスキルを習得できるのだが、いくつかのデメリットが存在する。まず、スキルスクロールに封じられているスキルのほとんどが、初期スキルと同等レベルのスキルであるということ。そして、大概の場合スキルスクロールに頼らなくともスキルスクロールに封じられているスキルを自力で習得することができるため、わざわざお金を出してスキルスクロールを買う必要がないということである。



「これいいじゃん。この値段でスキルが覚えられるならお買い得じゃね?」



 FLOSを始めたばかりのクラフが、そんな事情を知らるわけもなく、迷わずスキルスクロールを買い込んでいく。基本的にスキルスクロールを作るためには、自身が覚えているスキルしかスキルスクロールに封じ込めることしかできないので、販売されているスキルは【火魔法】、【水魔法】、【風魔法】、【土魔法】という初期スキルで簡単に習得できるものばかりだ。販売されているラインナップが魔法系統のスキルであることから、店舗主は魔法使いか錬金術師だと予想できる。



 初期スキルで選択していなくとも、火を扱ったりするなどの簡単な行動で覚えてしまうため、スキルスクロール自体の需要は低く、精々が習得するための条件を満たすのが面倒臭い人用の出不精アイテムと成り下がってしまっているのが現状だ。



「あれ? そういえば、いつの間にか火魔法と水魔法を覚えてるな」



 こういった具合に、あまりに習得の条件が緩いため、ステータスを再確認してみるとなぜか覚えていたというクラフのような事例は珍しくなく、実にあっけないものなのである。



 おそらくは、生産工房の時に行った水汲みと水を煮沸する時に使った火器類にがトリガーとなり、その二つを覚えたようだ。



「息を吹いたら風魔法とか覚えないかな?」



 試しにやってみたところ、本当に【風魔法】を覚えてしまい、最後の【土魔法】は地面を意味もなく撫でまわしてみると習得しましたというメッセージが表示された。



 これほど簡単に覚えてしまうスキルを何故クラフが気付かなかったのかといえば、習得したという告知はされていたのだが、生産活動に集中しすぎたため、その告知を見逃してしまったのである。



 このように、ちょっとしたことであれば初期スキルに選択可能なスキルであれば習得は容易だが、そこはゲームバランスを保つため、レベル上げにはかなりの根気が必要となってくるようだ。しかも、レベル1やレベル2程度のスキルでは全くと言っていい程有効性は認められず、まともに使い物になるにはかなりの修練が必要となってくる。まさに行きはよいよい帰りは恐い的なものである。



「買おうかと思ったけど、こんなに簡単に覚えられるならいらないかな。ていうか買ったとしても、もう覚えてるし」



 あまりにあっさりと覚えられてしまったため、クラフは苦笑いを浮かべながらスキルスクロールが出品されていた店舗を後にする。



 それから、しばらくマーケット市場を見て回ったが、特にめぼしいものは見つけられず、買取の査定が終わるまでフィールドでポーションの素材を集めようかと思ったが、ここであることに気付く。



「うわ、そういえば満腹度のことを忘れていた。残り30を切ってたぜ」



 いろいろと行動したことで満タンだった満腹度も残すところ30を割り込んでしまっていた。このままではいずれ満腹度が0となり一定時間経過毎にHPが減っていき、最終的には死に戻ってしまうだろう。それを防ぐためには、満腹度を回復させるアイテムをしようしなければならないが、残念ながらクラフはそのアイテムを持ち合わせていない。



 どうにかして満腹度を回復しなければと考えたクラフは、マーケット市場からそれらしいアイテムが売られていないか確認したところ、【携帯食料】という満腹度を25回復させるアイテムが売られているのを発見する。一つ50ゼニルという金額だったが、迷わず購入しさっそく食べてみることにする。



「はむ、もぐもぐ……。うーん、味のないクラッカーみたいだ」



 携帯食料の味の感想述べながらも、満腹度回復のために黙々と食べ続ける。なんとか満腹度を満タンに戻すことができたクラフは、念のために携帯食料をあと数個購入する。



 とりあえず、当面の間満腹度を気にしなくてよくなったクラフは、一度メニュー画面からステータスを開き、自身の能力を確認する。




【名前】:クラフ


【性別】:♂


【職業】:生産職人見習いLv3


【ステータス】



 HP 35


 MP 28


 STR 8


 VIT 12


 AGI 9


 DEX 25


 INT 8


 MDN 8


 LUK 20



【スキル】


 初級鑑定・下Lv2、初級木工・下Lv1、初級調合・下Lv2、初級採取・下Lv1、初級採掘・下Lv1、


物理防御強化Lv1、武器命中補正Lv1、乾燥Lv1、火魔法Lv1、水魔法Lv1、風魔法Lv1、土魔法Lv1




【魔法一覧】



[火魔法]:フレア



[水魔法]:アクア



[風魔法]:ブロウ



[土魔法]:アース




 以前クラフが確認した時よりもパラメータが上昇しており、生産職人見習いの補正が掛かるHP・MP・DEX・LUKの上昇が著しい。



 スキルは習得のしやすさとは裏腹に、かなりの回数使っている鑑定や調合のみがレベル2にまで上がっているものの、他のスキルは未だレベル1のままだ。



 スライムと戦った時に入手した【物理防御強化】と【武器命中補正】のお陰で、VITとAGIとDEXに補正が掛かっているようで、補正が掛かっていないパラメータよりも少し高くなっている。



 魔法については別枠で習得している魔法の一覧が新しく追加されており、現在どのような魔法を覚えているかわかるようになっている。



「魔法か……試しに使ってみたいな」



 新たに手に入れた攻撃手段である魔法を確かめたくなったクラフは、すぐさまマーケット市場から街へと移動し、意気揚々とビギニング平原へと出掛けて行った。その数十分後に彼を探し求める一人のプレイヤーが現れるということも露知らず……。









「ふう、やっぱここが一番落ち着くわねー」



 VRの世界では疲労など感じないはずだというのに、彼女は体を解すようにして背を伸ばす仕草をする。彼女の名はフィリアといい、現在FLOSの販売部門においてトップに君臨し続けているプレイヤーの一人だ。



 某国民的RPGに登場する女商人を意識しているのか、桃色の髪を頭頂部で結んだちょんまげ気味なポニーテールに、薄手の青いベストとダボっとした白地のズボンを着用しており、その模倣振りは徹底されている。唯一オリジナルと異なる点があるとすれば、たわわに実った二つの果実がベストを突き破ろうとする勢いで自己を主張しているところだろう。



 いつものように現実世界から再ログイン時間を消化して舞い戻ってきた彼女は、まるでここが自分の住むべき本当の世界であるというような振る舞いを取っていた。



 実際本人もそう思っており、できるものならばこの世界の住人として余生を過ごしたいとすら考えているフィリアだったが、実際そう上手くいかないのが現実世界の嫌なところである。



「さあーて、ログアウトしていた間に何かいい商品が納品されてないかしらねぇー」



 フィリアがそう独り言ち、自身の店舗に設置された買い取り申請ボックスの中身を確認していく。どの商品も、彼女が懇意にしている生産職プレイヤーの持ち込みの品物ばかりであり、特にこれといって珍しいものは何もない。今日も今日とて何も変わらない買い取りに終わるかと思われたその時、彼女のウインドウを操作する手が止まってしまう。



 そこに表示されていたのは、【下級ポーション+】という文字だった。だが、それ自体はトッププレイヤーであれば生み出すことは不可能ではないため、通常であれば見逃してしまうのだが、長年の商人としての勘が“その商品の詳細を調べろ”と訴え掛けてきていたので、その勘に従い彼女はそれを鑑定する。



「な、なんですって……回復量が40もあるなんて」



 通常下級ポーションの回復量は20となっており、作り手によってマニュアルでの作製を行った場合、21から29という数値が報告されている。そして、下級ポーション+に至っては、30から35までが報告されており、それ以上の数値は下級ポーション+では到達は不可能という判断が生産職プレイヤーの間で結論付けられたばかりだったのだ。



 しかし、彼女の手元にやってきた下級ポーション+は回復量が40という35を通り越して四十代の大台に乗っていたのである。最近結論付けられた定説をいとも簡単に否定してくるこのポーションに対し、恨みがましいような嬉しいような複雑な思いをフィリアは抱く。



 そして、その顔に輝くような笑顔を張り付けながらこうつぶやいた。「ああ、これだからFLOはやめられないのよねー」と……。



 その笑顔を見れば数多いる男たちが見とれてしまうほどの魅力を有しており、伊達に【FLOS美女・美少女ランキング】にランクインしてはいない。



 このFLOSには、女性プレイヤーをその容姿の美しさでランキングしている組織がおり、その組織が主体となって発表しているのが【FLOS美女・美少女ランキング】である。



 完全に非公式のランキングなのだが、この組織が他の有象無象の輩と異なるのは、ちゃんとした下調べとランキングに掲載するにあたって当人の許可をちゃんと得ているというところだ。無許可であれば後ろ指を差されているだろうが、ちゃんと相手の許可を取っているため、今ではFLOS内で最も信頼度の高い組織であるとして不動の地位を築きつつある。



 そんなフィリアは、そのランキングにおいて堂々の第十七位にランクインしており、まごうことなき美少女なのだ。ちなみに、このランキングは百位まであり、その中でも三十位以内にランクインされた女性は【トップオブサーティー】の称号を与えられるらしい。もちろん、ゲーム的な称号ではなく非公式の通り名のような意味でだ。



 閑話休題。話を本題に戻すが、今フィリアの目の前にあるポーションはあるはずのないポーションであり、トッププレイヤーたちが立てた仮説を否定する物的証拠でもあった。それもまた大発見であることは間違いないのだが、次に納品されていたアイテムを見たフィリアは驚きのあまり言葉を失う。



「【下級ポーション++】ですって……」



 彼女が驚くのも当然である。FLOSは前作のFLOのシステムを継承しており、それはほとんど完璧に近い状態で構築されている。そして、その続編となるFLOSでの新たなシステムがないのかと、一月前の発売当初から前作をプレイしたプレイヤーの手によって今日まで検証が続けられてきたのだ。



 だが、その糸口すら掴めず今の今まで新たな新要素を発見できずにいた。そんな中で降って湧いたように出てきたのが、ウインドウに映し出された【下級ポーション++】というアイテムなのである。そして、さらに驚愕すべきはその効果にあった。



「回復量60!? そ、そんな馬鹿なことって。最近トップの錬金術師や薬師が作れるようになった【中級ポーション】の回復量が50なのに……」



 彼女の言うように、現状トップの生産職プレイヤーですらようやく【中級ポーション】を作製できるに至ったというのに、そんな彼ら彼女らをあざ笑うかのように上限を超えてくる存在に最初は驚愕していたフィリアだったが、徐々にそれが憤りへと変化していく。



 そして、その感情は未だ見ぬプレイヤーがたどり着いた未知なる情報を知りたいという好奇心へと変わり、居ても立っても居られないほどに強い思いへと変貌する。



「こんなことができるプレイヤーは、現在のトップか引退した元トップくらいだろうけど……よし」



 未知の情報にしばらく戸惑っていたフィリアだったが、この情報を得た以上はそれを解明しなければならない。残念なことに、フィリアは生産職プレイヤーではあるものの、専門的な知識はない。彼女のところにやってきたポーションがとんでもないということは理解できるが、専門的に具体的な凄さについてはわからないのだ。



 一人で悩んでいても仕方がないということで、フィリアはある人物へとフレンドコールで連絡をする。その人物とは……。



『おう、フィリアか。珍しいなお前の方から連絡を寄こすなんて』



 それは、錬金術師という職において右に出るプレイヤーは皆無と言われており、FLOSで最も早く【中級ポーション】を作製した人物エドワード・フロイスその人であった。



 未知なるポーションである以上専門家である彼ならば何か知っているか、あるいは彼自身が下級ポーション++を作り出した張本人ではないかと考えたフィリアは、真っ先に彼に連絡を入れたのである。



「ちょっと、とんでもないものがうちに来ちゃってね。とりあえず、スクショ送るからそれを見てあなたの意見を聞かせてほしいの」


『……わかった』



 フィリアの声色から冗談ではないことを察知したエドワードは、すぐに姿勢を正すように真剣なものへと態度を変える。そして、フィリアから送られてきたスクショを見て、彼女以上にエドワードは驚きの声を上げる。



『おい、このポーションはなんなんだ!? どうやって手に入れた!!?』


「ということは、これを作ったのはあなたではないということね」


『当たり前だ! 仮に俺だったら真っ先にお前のところに持っていくだろうさ。そんなことよりも、俺の質問に答えろ』


「実のところは私もわからないの。さっきログアウトから戻ってきたばかりなんだけど、ログアウト中に買い取り申請ボックスに納品されてたアイテムを確認してたら、その中にこれが混じってたのよ」



 フィリアは、エドワードに問題のポーションを見つけた時の経緯を説明する。その情報は特に目ぼしいものではなかったが、彼女の説明から彼女が嘘を吐いているようには感じられなかった。ポーションを見つけた時の経緯を説明すると、フィリアは気になっていることを彼に聞いてみる。



「それよりも、あなたに聞きたいのだけれど、FLOS屈指の錬金術師から見てこのポーションどう思うかしら?」


『そりゃあ、純粋にすげぇよ。新たな発見に躍起になってる連中を差し置いて、いきなりこんなポーションをお前んところに寄こすなんてな。余程肝が据わっているのか、はたまたこういうことに慣れてない初心者か……いや、初心者がこんなすげぇポーションなんて作れねぇか。あと個人的な意見だが、素材は普通のポーションと同じだと思う。違うのは調合する際のやり方だろうな』


「実は、下級ポーション+もあるんだけど、そっちは回復量が40もあったの。たぶん、製作者は同じプレイヤーだと思うのだけれど」


『マジかよ。俺らが結論付けた考察を真っ向から全否定されたってわけか。ははは、これでも錬金術師としては結構自信があったんだがなぁー』



 前作のFLOからプレイをしているだけあって、エドワードの知識はかなりのもので、素材さえあれば現時点で超級ポーションを作ることができるほどの実力を持っており、錬金術師としては間違いなくFLOS屈指だ。そんな彼と他のトッププレイヤーたちが出した仮説を物的証拠を持って全否定されただけではなく、前作にはなかった新たな要素を叩きつけられてしまい、彼としては心中穏やかではない。



 ずっとやり続けてきたことを真っ向から否定されるような、自分のやっていることは間違いだらけのダメダメだと言われているような気分が彼の中で渦巻いていた。



「それよりも、今はこのポーションの製作者を突き止めるのが先決だわ。私も知り合いを当たってみるから、あなたも錬金術師や薬師に声を掛けてほしいの」


『元よりもそのつもりだ。こんな大発見人に話すなという方が無理な話だ』


「わかってると思うけど、話す相手は慎重に選んでちょうだいね。今のところこの情報を知ってるのは、あなたと私だけなんだから」


『二人だけの秘密ってやつだな』


「ハラスメントでGMコールするわよ」



 などと、いつもの調子が戻ってきたのか、エドワードが冗談めかしてフィリアをからかう。そんな彼の言葉で冷静さを取り戻したのか、彼女もまたいつもの漫才染みたやり取りが戻ってきた。



 ここで一つ、重要な取り決めをしておかなければならないと踏んだエドワードが、改めてフィリアに問い掛ける。それは何かといえば……。



『この情報、掲示板にはいつ頃流せばいい』


「そうね……少なくともこのポーションが量産できる体制が整うまでは、私たち生産職の間で留めておいた方がいいわね。前線攻略組がうるさそうだし」


『だな』



 VRMMOにおいて、プレイヤーは大きく二つのプレイスタイルに分類される。それはモンスターと戦い新たな拠点を発見したり、新要素を見つけることを念頭に置いた攻略組と、アイテムや装備品を作りそれを販売することで、また新しいアイテムや装備を作るための資金にすることを生業としている生産組のどちらかだ。



 その中でも、戦闘職をメイン職業としていることがほとんどな攻略組は、自己中心的な考えを持っている連中が多く、新しいアイテムや装備を巡って生産組とトラブルを起こすことがしばしばある。今回の一件についても、効果の高いポーションが作られたという情報が攻略組の耳に入れば、何を置いても独占しようと考えるのは想像に難くない。



 ましてや、未だ製作者の影も形もない今の状態で攻略組に知られれば、「何故新ポーションを売らない? 独り占めするつもりか?」などという勘繰りをしてくる可能性が高い。



 そのため、今彼らの中では一刻も早くポーションの製作者を特定し、そのポーションの作製方法のレシピを買い取るか、そのプレイヤーと契約を結んで定期的にポーションを作製してもらう依頼を出さなければならない。



「そういうことで、あとのことは頼んだわ。じゃあ、またね」


『おう』



 今後の方針が決まったところで、エドワードとの通信を切ったフィリアは、さっそく信頼のおけるプレイヤーたちにそれとなく聞いてみるが、目ぼしい情報はなく早々に行き詰ってしまう。



 買い取り申請ボックスの仕様上、納品したプレイヤーが誰なのかは告知されるのが通常だ。だが、プライベート設定をオンにしていた場合、納品者の情報が表示されず納品者不明という形で取引を行うことになる。本来であれば、それで問題はないのだが、納品した特定の人物が誰なのかを知りたい時は話は別となってくる。



 今のところ、新ポーションに関連する情報は現物のポーションが手元にあるだけで、そこから製作者に繋がる情報に関しては一切ないのが現状である。



 この少ない手がかりから、ポーションの製作者に辿り着くためにフィリアができることといえば、精々が知り合いの生産職に声を掛け、新ポーションを生み出した人物の情報を聞いて回るだけしかない。



 だが、人によってはその情報を周囲に悪気なく拡散してしまう可能性を考えれば、今回の一件において聞き出せる人物にも限りがある。



「やるしかないわね。最悪の場合を想定して掲示板での特定も視野に入れておかなくちゃならないわね……」



 などと、今後の方針が決定したところで、フィリアはあることに気が付く。それは、買い取り申請ボックスに納品されたアイテムの査定をやっていなかったということだ。



 新しい要素である下級ポーション++を前にして、本来最初にやるべきであるアイテムの査定をおろそかにしていたのだ。



 ここで、買い取り申請ボックスの査定について説明する。基本的に買い取り申請ボックスに納品するプレイヤーは、できるだけ早めに活動資金を得たいと考えている人間が多く、今も査定が完了するのを今か今かと待っているのだ。



 ここで、フィリアが新ポーションについての情報集めを優先した場合、買い取り申請ボックスに納品した数十人のプレイヤーを待たせてしまうことになる。そうなっては、フィリアの商人プレイヤーとしての信用は地に落ちる。それでは本末転倒だろう。



「仕方ないわね。まずは査定を終わらせてしまいましょう」



 どのみち明確な手がかりがない以上、今すぐ行動を起こしたところで目的を達成できるとは限らない。であれば、まずは自分の仕事を片付けてからの方が後顧の憂いを絶つことができ、情報収集に集中できるというものだ。これぞ、急がば回れである。



 そうと決まればすぐに査定を行い、待たせているプレイヤーたちに査定結果を通知していく。ちなみに、買い取り申請ボックスに納品したアイテムの査定は、まず店舗主が納品したプレイヤーに対し、査定の値段を通知する。そして、その査定に納得がいけば査定された金額がプレイヤーに支払われ、その支払われた金額は店舗主のプレイヤーの所持金から引かれるというシステムとなっている。



 さらに細かい話をすると、この金額の支払いについては、一度FLOSに存在するクラウドバンクというところに預けられ、そこを経由することでプレイヤーから徴収し、支払うシステムとなっている。そのため、支払う側はどのプレイヤーに支払ったかはわからないようになっている。であるからして、この支払いでフィリアが新ポーションの製作者に辿り着くことはできないということだ。



「後はこれだけなんだけど……どうしようかしら?」



 フィリアがそう呟きながら見つめるウインドウの先には、例のポーションの名前が表示されていた。初出のポーションにいくらの値段を付ければいいのか、商人として悩みあぐねていた。当然だが、通常のポーションと比べて高額であることは間違いないのだが、問題は一体どれくらいの高値を付ければいいのかということだ。



「うーん……ええい、女は度胸よ!!」



 それは男ではないのかという突っ込みが飛んできそうなことを言いつつ、フィリアは新ポーションに値付けを行う。結果として、回復量が40の下級ポーション+に関しては、未発見であるものの最も格の低いポーションであることに加えて、素材ではなく調合法が特別なのではないかという点を加味して、初回限定で3000ゼニル。下級ポーション++については、現在流通している中級ポーションが一個500ゼニルということを鑑みつつ、それよりも回復量が多いことを考慮して、こちらはどどんと10000ゼニルという金額を付けることにした。



「え? なにこれ? ……下級解毒薬++すぅー!?」



 だが、ここで彼女のおっちょこちょいな性格が出てしまった。下級ポーション++で舞い上がっていたフィリアは、もう一つの初出のアイテム下級解毒薬++の存在に今気付いたのだ。



 結果的に、下級解毒薬++を含めたすべての査定の合計金額は、108470ゼニルというとてつもない金額となってしまった。ちなみに、下級解毒薬+というアイテムは、エドワードたち錬金術師や薬師のプレイヤーが出した定説として“最高解毒確率は30%が限界”という結論を出していたのだが、この下級解毒薬+は50%もあり、またしてもエドワードたちの定説が覆ってしまうことになってしまったのだ。



 それを加味して下級解毒薬+には5000ゼニル、下級解毒薬++は30000ゼニルという高値がついたのであった。彼女がこのことに気付いて驚きを通り越して卒倒しそうになったのは言うまでもない。

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