第12話、公爵令嬢リーザエッテ、王太子に溺愛される
その後の学園生活は安泰どころか、エリックに追いかけまわされる日々となった。
学生寄宿舎の前には毎朝、王太子を乗せた馬車が止まっている。寄宿舎には私のように王都の外から通う学生が住んでいる。王政にたずさわる法衣貴族の子息や令嬢は自宅から通っていたし、それは宮殿内に立派な部屋を複数持つエリックも同じだった。
寄宿舎は学園敷地内に建っているから馬車で移動するような距離ではないのだが――
「リーザエッテ様、お早くなさいませ。もう殿下が到着されました」
大きな窓から玄関のほうを見下ろしてマリーがせかす。
「ええ…… まだ授業開始まで一時間もあるのに――」
「授業の前に特別室へ行って二人きりで話したいのでしょう」
「知ってる。それは分かってるんだけど――」
私は読みかけの推理小説にしおりを挟んで立ち上がった。もう! あとちょっとで密室殺人のトリックが明かされるところだったのに!
「相変わらず残酷な本が好きですねぇ」
「あら、おもしろいわよ。リアルな毒殺が描かれていて」
大階段を下りて外へ出ると、今日も馬車の前に人だかりができている。
「今日の殿下の服、見ました?」
「見ましたわ! あざやかなネイビーで素敵! ――あっ、リーザエッテ様、おはようございます!」
人垣が左右に割れて私を通してくれる。馬車の上からエリックが顔を出し、
「リイ、おはよう! 今日もなんて美しいんだ。タフタ織りの青い絹地に銀糸の刺繍が高貴なきみにぴったりだよ。愛らしいリボンも繊細なレースもきみの魅力には叶わないけれどね!」
と私を赤面させるようなほめ言葉を並べ立てる。
「つめて下さいまし!」
彼を座席に押し込むと、自分もシートに腰を下ろしてあわてて扉を閉める。
「エリック殿下ったら毎朝早すぎますわ」
やんわり文句を言う。私に会いたくて早起きする子犬のような彼に、あまりきつくあたることもできない。
「だって僕らは登下校と昼休みと放課後しか話せないじゃないか」
それだけ話せれば充分だと思うのだが――
彼は二学年下のクラスなので、教室では会えないのだ。一ヶ月もすると、
「リイと同じクラスがいい!」
と言い出し猛勉強をはじめた。私たちは毎日放課後を学園敷地内の図書館で過ごすことになった。
半年後、彼は無事飛び級試験に合格した。本来なら二年生に進級するところ、私と同じ四年生となったのだ。
「リイが毎日、僕の勉強につきあってくれたおかげだよ」
新学期、彼は満面の笑みで私のとなりの席に座った。
最初は王太子ゆえに不正ができるんだろうと陰口をたたいていた連中も、四年生の授業にしっかりついてくるエリックを見て黙った。それどころかポンコツ王子という二つ名もいつの間にかささやかれなくなっていた。いくら勉強ができるようになっても彼のぼんやり癖は変わっていないのに、
「エリック殿下っておっとりされているのね。おやさしい方で素敵」
なんて言われる始末。でも私にべったりの彼を見ては、王太子に色目を使う令嬢など皆無だった。そもそも過去世を考えてみれば、フローラもエミリアも彼女たちから誘ったわけではなかった。何を与えられても満足しないエリックのほうから、彼女たちを追いかけまわしていたのだ。
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次回、学園を卒業した二人が婚姻の儀をあげます。
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