第9話、王立貴族学園への入学

 十三歳の秋、私は予定通り王立貴族学園へ入学した。二歳年下のエリックが入ってくるのは再来年さらいねんになるはずだ。


「リーザエッテ様、ごきげんよう」


 学園の敷地に足を踏み入れると、色とりどりのドレスを風に揺らして令嬢たちが私にあいさつする。エリック王太子とヴァンガルド公爵家リーザエッテ嬢の婚約は国民たちの知るところだから、将来の王妃にいまから取り入っておこうと皆さん感じの良い笑顔をふりまいていらっしゃる。その様子にめたまなざしを向けながら、侍女のマリーもうしろからしゅくしゅくとついてくる。


「おはよう、フローラさん」


 少し離れたところでかしこまっていたフローラ男爵令嬢に声をかける。今回は私に毒殺されなかったので無事、学園に入学できたのだ。


「あっ、おはようございますっ、リーザエッテ様!」


 彼女は華やかな声で答えると、侍女と思われるまるで庶民のような服装の少女に、


「聞いた!? わたしリーザエッテ様にお声をかけられちゃった!」


 と、はしゃいだ。


 か、かわいいじゃないの…… いままでの人生では、私から婚約者を奪った憎き小娘としか思っていなかったから知らなかったわ。


「なんだか私、変わってしまったのかしら」


 ぽつんとつぶやいた言葉をマリーはいちいち聞き返さないでくれる。


 不思議なことだが、私は幼いエリックの前でいつも正しい大人として振舞おうとしてきた。過去世で積もり積もった恨みつらみを胸にひた隠し、純粋な子供の手本となる言動を心がけてきたのだ。いつの間にか、それが今世の私の個性として身についてしまったのだろうか。


 もはやフローラ嬢をいじめるなんてみっともないことはする気も起きない。


「誰にでも分けへだてなく接して下さるリーザエッテ様のおかげで、わたくしたちの学園生活はとても快適ですわ」


 半年くらい経つと貴族令嬢たちの間で私への感謝の言葉がささやかれるまでになっていた。


「リーザエッテ嬢は素晴らしいお方だ。聡明なだけでなく人格者とは。やはり将来人の上に立つ方は違うのか」


 などと子息たちからも評判がいい。


「まったくおどろきだわ。あんなに空気のよどんでいた学園がこうも変わるなんて――」


 私は学園内に設けられた特別室でひとり、豪華なカウチでくつろいでいた。エリックが入学してくるまで、この特別室使用の特権を与えられるのは私のみ。


「前世までの学園は、こびへつらいだらけの気分悪い場所だったのにね……」


 いまでも私に愛想を振りまく者たちは存在する。だからこそ私は平等に接するようにことさら注意を払っていた。そうしながら将来、信用できる盟友となる者を見出す必要もある。


「いやな世界だと思っていたけれど、私が変わったら世界も変わってしまうのね」


 学園内での公爵令嬢の存在感は大きく、私の影響力が彼らの心を左右するようだ。


「もっと早く、自分が変わればって気付けてたら――」


 私は背もたれに頭をあずけ、片腕を額に乗せた。問題は彼らにあったわけじゃない、私に――


「いやいや、エリック殿下が女好きで飽きっぽいのは私のせいじゃないわ!」


 がばっと身を起こし、冷めてしまったアップルティーを飲み干す。柱のかけ時計に目をやると午後の授業まではまだ時間がある。


 私は二十三歳の姿になり、王宮内の書斎で一人勉強しているエリックの元へ訪れた。

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