第7話、謁見の間
私は十二歳になり、王立貴族学園への入学を来年に控えていた。このごろは体調もずいぶん安定してきて、入学手続きをおこなう執事長のセバスチャンと共に王都へおもむくことが許された。実に五年以上ぶりの王都に心が躍る。
王都についたらまず国王陛下夫妻にごあいさつにあがり、それから貴族学園の学園長とお話しする。これは一応、面接ということになっているそうだ。形だけとはいえ簡単な筆記試験も行うのだが、勉強は得意なのでまったく心配していない。さらに私の部屋となる寄宿舎の一室を見学し、カーテンやベッドカバーの布地をカタログから選ぶ。ふふっ、今回はどんな色にしようかしら? 五回目とはいえ楽しみ!
ガタガタと揺れる馬車の中、私は侍女のマリーと二人きり。セバスチャンは私の教育係と共にもう一台の馬車に乗っている。私のユニークスキル「瞬間移動」では他者を移動させることはできないため、王都まで長い馬車旅を我慢するしかない。
「さすがリーザエッテ様、今日も冷めたお顔をなされて」
と、マリーは満足そう。この侍女は私が幼いころから、冷たく聡明なリーザエッテ嬢がお気に入りなのだ。「未来の旦那様であるエリック王太子殿下にお会いになるのは楽しみではございませんか?」
おあいにく様、昨夜も会ってきたのよね…… ただし二十二歳くらいの姿で。
私が急激に大人になって、エリックは寂しそうな顔をしている。はじめて会ったときの彼は私を乳母かと思ったくらいだが、成長するにつれ恋心のようなものをいだくようになったのかもしれない。私もいつまでも、彼を弟のように思っているわけにはいかないのかしら。
王宮に
「遠路はるばるご苦労じゃった。リーザエッテ嬢、そなたは我が娘となる身。そうかしこまらずともよい。楽になされよ」
「もったいないお言葉でございます、陛下」
立派なひげをたくわえた国王陛下を前に私は身を低くする。あたたかい言葉をかけて下さるのだが、ビリビリとするような威圧感を感じるのだ。
だいたい過去四回リーザエッテ嬢として生きましたけれど、一度としてあなたの娘になれたことなんてないのよ! などとは口が裂けても言えまい。
「リーザエッテ嬢、そなたの聡明さは王都にも聞こえておる。王太子は少々頼りないところがあるからの、そなたがしっかり支えてくれることを期待しておるぞ」
「はい、陛下」
という答えでよいのかしら? 王太子を持ち上げるべきかとも思ったが、現実の私はほとんどエリック王太子に会っていないことになっている。「王太子はすぐれたお方です」などと根拠のない発言をしてもしらじらしいだけだ。
――そもそも実際、エリック殿下って頼りないですしね。
こうべをたれながら目だけ動かして彼の様子をうかがうと、自分の話をされているというのに金色の瞳を天井に向けて、うっとりとフレスコ画を眺めている。王太子とはいえ、謁見の
「王都はいかがかしら? 人も物も多くてびっくりなさったでしょう」
エリックの整った顔立ちは母親ゆずりなのだろう、王妃殿下は恐ろしいほど美しい方だ。しかしその完成された美貌ゆえか、氷のように冷ややかな印象を与える。おっしゃった言葉に険があるわけでもないのに、我がヴァンガルド公爵領の田舎っぷりを皮肉ったように聞こえてしまう。
お二人と教科書通りの受け答えを交わしたあとで、国王陛下にうながされてエリックが口を開いた。
「えーっと、リーザエッテ嬢、遠路はるばるご苦労だった」
それたった今、王様がおっしゃったじゃない! あーもう、助けて差し上げるわけにもいかないし…… 私がやきもきしていると案の定、王妃様がエリックにとがめるような視線を送った。
「えーっと、余はそなたの
子供の高い声のまま国王陛下の口調をまねするのが滑稽で、私は吹き出しそうになるのをこらえながら、
「光栄にございますわ、エリック殿下」
「うん、余の大切なひとにそっくりなのだ」
彼は幸せそうにふわっと笑った。そのとき彼の首元に、私が贈ったアメジストが輝いていることに気付く。
だが「大切なひと」などと不用意な発言をしたことで、王妃様は明らかに眉をひそめていた。
「リーザエッテ嬢も限られた王都滞在で忙しかろう」
と、取りつくろうように国王陛下が切り出した。「今日これからの予定は?」
などと興味もないでしょうに、話題を変えるために質問してくださる。
「はい、これから学園長にごあいさつにうかがい、午後は学生寄宿舎の下見をいたします」
エリックの失言のおかげで、思ったより早く謁見の間から解放された。
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次回、エリックがついに愛の告白!?
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