第5話、孤独な少年
それから折をみては十五歳の少女の姿で、私は小さなエリックに会いに行くようになった。私が姿をあらわすと彼は飛び上がって喜ぶから、きっと私の承認欲求が満たされるのですわ。さんざんなつかせたあとで裏切ってやるのよ。あなたが私にしたように―― と思ってはみるものの、裏切る機会など訪れず数年が経っていた。
一度だけ、幼い姿のままで両親と共に王都の宮殿をおとずれ、王太子殿下と顔を合わせる機会があった。だがエリック殿下は、まさかリイがこのリーザエッテ嬢だとは気付かなかったようだ。
――そういえば過去四回の人生でも、王太子殿下はちょっと抜けていらっしゃったものね。
毎回、婚姻までたどり着かずに処刑されてしまう私は、エリックの個性をくわしく知っているわけではない。
幼い頃の私は病弱だったこともあり、過保護な父はほとんど外出をゆるさなかった。王都まで長い馬車旅をして婚約者に謁見する機会など、めったに訪れなかったのだ。
ちなみにこの原因不明の咳は、十三歳になって王都での貴族学園寄宿舎生活がはじまるとけろりと治ってしまう。おそらく広大な公爵領の山々に生息する多種多様な植物が原因だったのだ。――ということを繰り返す人生のなかで知ってはいても、心配性な父を説得することはできなかった。ちなみにこの説得も三回目の人生で経験済み。四回目と今回はあきらめて、だまって従っている。
一方、私の王妃教育は順調すぎるほど順調で教育係たちから絶賛されていた。といってもこの大絶賛さえ三回目も四回目も経験したこと。前回の記憶が残っている私にとってはどの科目も朝飯前なのだ。いままでの人生と唯一違うことといえば、エリックの成長を姉のように見守っていることだけ。
今日も中庭のあずまやでティーカップをかたむけながら鳥たちの声を聞くふりをしつつ、目を開けたまま千里眼を使っていた。
「あれ、あの子また泣いてる。けがをしているのかしら?」
私は習慣になった
「どうなされたのですか、エリック殿下」
「リイ……」
涙目で私を見上げる。彼の髪はいくぶんかしっかりしてきたものの、まだ美しいブロンドで、涙にぬれた瞳も同じように黄金に輝いていた。記憶の中のエリック王太子とは似ても似つかないその姿に、私もだんだん別の人間に接するような気持ちになってきていた。
「けがされたのですか?」
ドレスのすそがよごれないよう気をつけながら、彼の横にかがんで見ると――
「どなたかに手当していただいているではありませんか」
半ズボンとブーツの間に包帯がのぞいている。かすかな魔力の痕跡を感じるので、治癒魔法をかけてもらったのだろう。すでに痛みもないはずだ。
「そうだけど。剣のお稽古、僕キライなんだよ。先生とっても怖いんだもん」
なるほど、稽古中に転んでひざをすりむいたのね。
「キライなのにちゃんと頑張っていて偉いですわね、エリック殿下は」
と言って肩を抱き寄せてやる。私はすっかり子供の扱いに慣れてしまった。「痛かったですわね。我慢されたのよね」
「そうだよ、痛かったんだよ。でも僕は王太子だから泣いちゃいけないって――」
彼は私の胸に顔をうずめて泣きだした。
けがをすればすぐに魔法医が飛んできて治療してくれる。でも、痛かったね、よくがんばったねと声をかけてくれる人はいないのだ。治癒魔法は傷口をふさいでくれるけど、心の痛みまでは取り除けない。
孤独に耐える少年の悲しみが伝わってきて、私は彼の細い肩をひしと抱きしめた。
-----------------
次回、エリック王太子の瞳の色が、リーザエッテの記憶と異なっていた理由が判明します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます