第128話 受付嬢ちゃんも久々の業務

 ギルドでの日常が、また戻ってきました。


 変わらない仕事、変わらない業務、変わらない問題――奇蹟という名の薄氷の上に成り立つ、かりそめの日常。賑やかな冒険者たちの軽口も、事務的な職員の会話も、ギルドを中心に行なわれる社会活動も、全てを無に帰す星の危機。


 余りにも大きな脅威に対し、シオリが今できることと言えば普通に仕事をするくらいです。

 今はまだ行動の準備段階だそうですが、正直に言えば話のスケールが大きすぎてシオリは今も世界の存亡を賭けた作戦の最中という実感が薄いです。


 冒険者さんが途切れたタイミングでモニカちゃんがシオリに話を振ります。


「サクマさん、今日も元気なかったですね。クエストもすぐに終わらせて帰っちゃいましたし」


 シオリが曖昧に頷くと、レジーナちゃんが「仕方ねーだろ」とサクマさんを擁護します。


「クエストの一番のモチベだった娘の為ってのがなくなっちゃったらなぁ」

「エドマで本物のご家族が見つかったのはいいことですけど、なんだか寂しいですよね」


 セツナちゃんが突如として姿を消した理由は、ギルド側にはカバーストーリーを伝えています。

 本来の事情は到底信じて貰えるものでもなければ公表出来るものでもないので、当事者たちで話し合って口裏を合わせたためギルドの皆も信じてくれています。


「で、傷心のサクマは新しく子供を拾ったんだって?」

「というよりは子育て実績を買われて一時的に預かることになったそうですけど」

「アタシまだちゃんと見てないんだけど、すっげぇ美少女らしいじゃん? あいつなんかちっさい子に縁あるよな=」


 からからと笑うレジーナちゃんに首肯しつつ、シオリはそちらのカバーストーリーも疑われていないことに内心で胸をなで下ろしました。


 そして、仕事が終われば当事者たちはこっそりいつもの宿に集合して話し合いが定番になっています。

 日によっていつもの顔がいなかったりもしますが、サクマさんと女神エレミアもといヒスイちゃんはいつもいます。


 シオリは二人に、カバーストーリーは今のところ疑われてはいない旨を伝えました。


「そっか……まぁ疑われたところでだけど、いいことだな」

「肯定します。ユーザーの精神的負荷は少ないに越したことはありません」


 女神様ことエレミア様は、サクマさんがつけたヒスイという名前をそのまま使っています。

 もちろん表向き女神を名乗ると社会が大混乱なので、遺跡で見つかった謎の少女という微妙に嘘ではないカバーストーリーでお茶を濁しています。


 無茶だと思うかもしれませんが、それぐらい滅茶苦茶な方が逆にいいという判断です。

 なにせヒスイちゃんは絶世の可憐美少女であり、その独特な装いも相まって神々しさを感じさせます。浮世離れした神秘的な雰囲気も相まって、黙っていても女神だとバレてしまうんじゃないかとシオリが心配するくらいです。


「……そんなにかぁ?」


 サクマさんは首を傾げていますが、事情を知らずに彼女の姿を見たエドマの宮仕えの方々が思わず跪いて崇めてしまう程度には服装、顔立ち、佇まいが神々しいです。

 しかも可愛い。無敵の生命体です。


「そこはシオリの主観が強いが、まぁ確かにこんな子が三次元に存在するのはある意味奇跡かもしれんし……そうか、このメカ感こっちの星だと神々しさにカウントされるのか……いやごめん分からん」

 

 これだけの美少女となると捨て子でその辺に居ましたよりは遺跡で発見したと言った方がまだ説得力があります。ヒスイちゃん様はこう、目が覚めた時に目の前にいたサクマさんを親と思い込んだ的な感じがいいと思います。


「孵化したての雛かっ!?」

「インプリンティングですね。了解しました。ところでちゃんと様は文法上同時に使用すべきではないと思うのですが……」


 冷静に誤りを指摘するヒスイちゃんがかわいいです。


 ただ、これまでセツナちゃんのいた場所にヒスイちゃん様がいるのは、少し切ない気分になってしまいます。恐らくこの世界で最も多くの生命を虐殺した存在、セツナちゃん……しかしシオリもサクマさんも、信じていることがあります。抱っこされたり褒められて喜んだり、美味しそうにご飯を食べたり、楽しそうに手を繋いでくれた彼女も、セツナちゃんの真実の姿に違いないのです。


 サクマさんが腹を決めた一方で、あれ以来ニーベルさんはずっと心が沈んでいます。

 アーリアル歴王国の未来のこと、セツナちゃんのこと……事情を知っても未だ納得できないでいるようです。サーヤさんもそんなニーベルさんと気まずそうで、解決の糸口が見つからないままずるずると引き摺っています。


 クロエくんは時折、ヒスイちゃん様と難しい顔で話をしています。

 何かの約束をしたようですが、楽しそうではありませんでした。

 それとなく聞いてみましたが、事件が解決した後の話だと突っぱねられて終わりでした。


 後で合流したフェルシュトナーダさん及びカナリアさんはヒスイちゃん様に頼まれごとをされたとかで、ブラッドリーさんと共にどこかに旅立ちました。

 曰く、『最悪の事態に備えた保険』だそうです。


 ネスキオさんは神殿の奥に籠っているそうです。

 詳しい事情は知らないのですが、グラキオちゃんの妹に関わる何かで少し手が離せないでいるとか。


 デナトレス・フロイド――ディナちゃんは相変わらずサーヤさんと同じ姿で連絡係に居座っています。見分けがつきやすいようツインテールにしているのですが、双子の妹と言われた方がまだ納得できます。

 魔将にも種類があるらしく、基本的に退魔戦役後は戦闘能力より特殊能力が重視された個体が作られるそうです。


 そのディナちゃんは割と人間の生活に関心があるらしく、シオリはちょくちょく彼女に捕まっては「あれ何?」「これ何?」と聞かれます。これでもニーベルさんが本気で戦って傷一つつけられなかったらしいので、なんというか、情報と外見のギャップが激しすぎてもう慣れてしまいました。


 ちなみにネイアンのデータを基にして創られたらしく、ブラッドリーさんのことを「おにぃ」と呼んでいたりします。神々しい少女な母親とサーヤそっくりの妹が出来たブラッドリーさんは渋い顔をしていました。

 恐怖! 心当たりのない家族が増えていくの巻。


 結局、変わらぬ日常を送っているのはシオリくらいのもの。

 ギルドは今日も今を生きるのに精いっぱいな人々の問題が溢れかえっています。

 それらはもしかすれば目の前の『神』の力を使えば解決するのかもしれませんが、聞いた限りではヒスイちゃんは決してそれをしないでしょう。固い信念を以てして。


 ……サクマさんが責任を背負いたがらなかった理由が、ちょっとだけ分かりました。

 万能の力とは、究極の不平等をこの世に生み出すものなのでしょうね。


 ――仕事の合間にそんな考えに耽っていると、アシュリーちゃんに「気、緩めすぎ」とすれ違いざまに言われてしまいました。突然だったので少しだけムッとしてしまいましたが、アシュリーちゃんが珍しくこっちをしっかり見ていたので少し驚きます。


 アシュリーちゃんは周囲にそういうことを悟られず事を運ぶプロなので、こうもあからさまにシオリに視線を送り、作り笑いも浮かべていないのは初めての経験でした。


「……ちょっと雰囲気変わったね」


 その言葉に、内心ドキリとしつつ、そうですか? と返すと、アシュリーちゃんは何も言わずに去っていきました。虫の居所が悪かったのか、心なしか不機嫌な背中を、シオリは隠し事をしたという微かな罪悪感を抱きながら見送りました。


 雰囲気が変わったとすれば、理由は一つ。

 気取られないようにもっとしっかりしないといけない、とシオリは奮起しました。

 他人を不安にさせる笑顔の受付嬢は、受付嬢として失格なのですから。


 さて、そんな気が沈んでいる時に最も心に効く栄養源とはなんでしょうか?

 正解は、可愛い子供に他なりません!!


 実は、世界救済作戦の基地と化した宿【ウタカタ】では定期的に最高に可愛い女の子を見ることが出来る瞬間があるのです。シオリはその光景を頼りに今日も明るく業務を乗り切るのでした。

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