Act.9 受付嬢ちゃんへ!
第97話 受付嬢ちゃんへのイライラ
あれ、それ、これ――身近なものを示すのによく使われ、使用頻度が増えてくると記憶力の衰えを疑われる悪魔の言葉。
それらは、時として極めて面倒臭い事態を引き起こします。
すなわち、アレじゃわかんねーよ問題です。
「アレアレ! アレの討伐依頼だよ! ほら、体が大きくて角生えてて!! 出てない!?」
そんな魔物は沢山います。名前を言ってください。
「それが思い出せないからアレって言ってるんだよ! ほら、えーと! こう、アンドレみたいな名前の!!」
全然何のことかわかりませんし、そんな名前の魔物はシオリの知る限りいません。類似した名前も思いつきません。
記憶力に難があるらしい鉄槌使いの冒険者ロンゴロンゴさんは身振り手振りで何かを表現しようとしていますが、大きすぎて何も表現できていません。何で分からないんだよ、という空気を顔で醸し出していますが、こっちからすれば何でそんなに夢中で話す癖に名前も覚えてないのか不思議です。
アレだのコレだのいつものだの、彼らは何故自分の考えは相手も理解出来て当たり前のような思想を持ってしまっているのでしょうか。
心と心の通じ合わない相手に意思を伝える手段が言葉であり知識だと思うのですが。
しかしまぁ、こういうときに魔物の正体を特定する術も受付嬢には求められます。
それはどこに住んでる魔物ですか?
「え? 丘とか……体デカイから起伏の少ない土地に」
この周辺に生息していますか? 数は多いですか?
「数はめっちゃ少ないな。でも年何回かは出てるぞ」
シオリは細かな条件を一つ一つ確認して魔物を絞り込んでいきます。
しかし半数以上の魔物を除外した辺りでロンゴロンゴさんも進展しない話に段々と苛立ちが溜まってきたのか、口調が尖ったものになり始めます。
「ったく、何で魔物一匹の依頼見つけるまでこんなに時間かけてんだよ! これでもし依頼が出てなかったら浪費した無駄な時間どう落とし前つけてくれんのかな! 俺忙しいんだけど!!」
そこまで忙しくない人が高確率で口にする言葉、忙しい。
本当に忙しい人は忙しいと口にする時間が無駄であることを理解しているため、実はさほど口にはしないのです。
そしてロンゴロンゴさんはギルド内では中堅下位の実力の持ち主で、
そのうち勝手にヒステリーを起こしたロンゴロンゴ髪を掻きむしって喚きだしました。
「あああああ!! もういいよ! 別の受付嬢に代わってもらう! 二度とお前の所になんか来な――」
と、少し離れたカウンターからレジーナちゃんの怒声が響きました。
「魔物の名前くらい自分で頭に叩き込んでから来やがれこのミクロ脳味噌ヤローがッ!!」
「ノ゛ブボぉッ!?」
そこには、ロンゴロンゴさんと同じく魔物の名前を忘れたまま依頼を探しに来たらしい冒険者の顔面に魔物図鑑の分厚い背表紙を直撃させたレジーナちゃんの姿がありました。全く容赦なく顔面に直撃した本の衝撃に冒険者さんは鼻血を噴いて昏倒し、ぴくぴくと痙攣します。
「ふんっ! 席に来てからゴチャゴチャウジウジ訳分からねぇ説明で無駄な時間使わせやがって!! 魔物の名前も覚えきれねぇ癖にエラソーにしてんじゃねーよヴァーカっ!! はい次っ!!」
レジーナちゃんはふんす、と鼻を鳴らしてその冒険者を放置。
次の冒険者に営業スマイルを送ります。
倒れた冒険者は暫く放置されていましたが、アシュリーちゃんが自分の信者に目配せで指示して脇にどけられ、ギルドの備品である図鑑が回収されていきます。
文字通り、図鑑を頭に叩き込んで出直してこいというアグレッシブな教訓です。が、もちろん冒険者に乱暴を働いたとなれば減給モノなので後でレジーナちゃんも怒られるでしょう。そしてレジーナちゃんは「イライラしたからやった。今はすっきりしてる」と開き直るものと思われます。
流石レジーナちゃん。
シオリの個人的ギルド精神力ランキング一位です。
……ということでロンゴロンゴさんはシオリに不満があるのならあちらに行ってはどうですか?
「……へ、へん! 頭の弱そうなレジーナじゃなくてモニカなら優しく教えてくれるってなもんよ!!」
ロンゴロンゴさんはそう言ってモニカちゃんの方を向き――。
「……であるならば該当する魔物は34種いますね。森林8種、洞窟などに5種、川辺に7種、時間帯によって複数の場所を移動する魔物が14種です。では一匹ずつ説明していけばいつか答えに辿り着くと思いますので説明させて頂きます。まず一匹目は森林種でも特に危険なコボージュですね。危険度は6の樹木擬態魔物です。攻撃方法は地面に張り巡らせた根を使用した攻撃で、他に枝の射出、激臭のする樹液の放出があります。射程範囲はそれぞれ根が凡そ28マトレ、枝野射出は60マトレ、樹液は……」
しばし沈黙したロンゴロンゴさんは、諦め悪く目を逸らしてアシュリーちゃんの列を見ます。
「おらどけ! 俺が先だ!」
「馬鹿言え、俺が先にアシュリーちゃんに話しかけてもらうんだ!」
「整理券確認するぞー! 持ってない奴と鯖読んだ奴は列から退け! 持ってない奴は最後尾で大人しく待ってろ! いいか、お前らが荒れたらアシュリーちゃんの評判に泥を塗る! 素行の悪い奴はファンになる資格からしてねぇと思え!!」
他のどのカウンターより長蛇の列があり、ボランティアで列を整理している冒険者までいるアシュリーちゃんの受付を見たロンゴロンゴさんは、しばし沈黙し、こちらに背を向けました。
「……図鑑見て名前覚えてくる」
最初からそうしてくれると助かります。
ちなみに図鑑は歴史都市ヴィーゴ協力ギルド監修の最新版魔物図鑑をおすすめします。お値段わずか3200ロバルで魔物博士になれる優れものです。大丈夫、なんせギルド公認の図鑑ですから。
「宣伝かッ!!」
一番質が高いものを勧めて何が悪いんですか。
貴方は知識を得られ、売り上げはギルドに入って来る。
誰も損しない優しい世界です。
……とまぁ、こんな感じでブラッドリーさん暴走事件後、シオリは何事もなかったかのように仕事を続けています。
とはいえ、未だブラッドリーさんは冒険者に復帰していません。
ブラッドリーさんが不調につき一時冒険者を休業する旨は周囲に衝撃を以て迎え入れられました。いくつか無責任な根も葉もない噂も流れていますが、魔物の襲撃などきな臭い現状でギルド最強の男が抜けることに不安を感じる人も少なくないようです。
実際には、ブラッドリーさんは存在として少し不安定なだけで戦闘能力には問題ありません。
ネイアンの能力を自覚した今、むしろ戦闘能力は以前に比べて跳ね上がっています。
しかし、あの姿や能力を周囲に見せびらかして理解を得るのは極めて難しいでしょう。
ブラッドリーさんはギルド登録の冒険者です。
しかし今は同時に、魔将という埒外の能力を抱えています。
そしてブラッドリーさんは今の所、魔物として生きる予定はありません。
皆の限りある命でこの問題にどこまで対応できるかはわかりませんが、やるだけのことはして後悔は後に回そう、というのが、事情を知っている人たちの総意です。
また、クロエくんが二代目ではなく初代、すなわち合法ショタ(※サクマさんの提唱した呼称です。ショタってなんでしょう)であるという事実はシオリに衝撃を以て迎え入れられました。
ハルピムやナフテムの寿命はマギムに比べて心持ち短いとされているので、本来初代クロエは人生半ばを通り過ぎている年齢なのです。
もしかして女神の祝福という奴をクロエくんも受けているのでしょうか、と、思い切って聞いてみると鼻で笑われました。
「暗殺者に祝福など馬鹿げている。俺のこれは――戒めだ。遷音速流の首を刎ねるその日まで、俺の止まった時が動くことはない」
その言葉には――40年近くの時の流れを感じるだけの重みがありました。
それはそれとしてですね。
「なんだ」
一度だけでいいから抱っこして頭を撫でていいでしょうか。
「実年齢聞いて反応それか。病気だぞお前。カナリアでも撫でてろ」
クロエくんはドン引き顔を隠そうともしませんでした。かわいい。
しかし、昔に時間が止まっているなら肉体年齢はまだ子供の筈です。
だいたいカナリアさんは硬くて体温が低いので満足感がないじゃないですか!
かといって水かけたら膨れてセクシーお姉さんになっちゃうし!
いいじゃないですか、いいじゃないですか!
今まで沢山フルーツプレゼントや美味しいお店の紹介をしてきたのですから、一回くらいいいじゃないですか!
このおこちゃま味覚! でもそこが可愛い!
時を取り戻した暁には学校通ってください! 面倒見ますから!
「……分かったもういい会話を続けたくない。いい店を教えてくれた情報料ということにする。お前マジでこれ一回きりだぞ?」
ぃやったぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!
「何こいつ……」
――こうしてシオリは十数分間、クロエさんの体を抱っこして頭を撫で、頬ずりし、添い寝して存分に可愛がりました。これで40歳超えているだなんて信じられません。嫌そうにしている顔がまた可愛すぎます。
合法ショタ。ああ合法ショタ、合法ショタ。
言葉の意味は全く分かりませんが、実年齢が大人でも夢を見させてくれる素晴らしい言葉です。
その後クロエさんが「もう十分だろう」と嫌そうにするりとシオリの腕を抜け出すまで、夢の時間は続きました。
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