第83話 受付嬢ちゃんでは口を挟めない・後編
俺はその日まで、次に商人連合の連中が暴力に訴えてきても追い払える新しい武器とか、術とか、戦略とかを皆に教えてたんだ。
もちろん全部スマホ頼みだけどさ。
だから、結果は想像出来た筈で、間抜けな俺は気付かなかったんだ。
――教わっちまった島の連中が、いまだ駐留していた商人連合を一方的に襲った。
力を得たら試したくなることくらい、俺が一番よく知ってた筈なのにな。
連合対策をたてた武器と戦術は一方的に相手を叩きのめしたよ。
ああいうのを蹂躙って言うんだろうな。
幸い商人連合の連中は死にはしなかった。
自前の薬がたんまりあるからな。
しかし、それがマズかった。
商家の連中はその時までまだ「美味い話が潰れた」という損得の話で物を見ていたんだ。ところが住民の矛先が自分たちの喉元に届くと気づいた商家共は、暴徒に襲われているという連絡をアーリアル歴王国の海遊艦隊に通達したんだ。
自分たちがついた嘘とへまを都合の良い真実で覆い隠してな。
アーリアル海遊艦隊と島の住民の戦争だよ。
俺はその時になってやっと自分が力に酔っていい加減な事をしてたと自覚した。
しかしな、遅かった。もう何もかも遅かったんだよ。
『何言ってやがる! こっちには武、術、医、知に長けた神の遣いがついてんだぞ!?』
『左様!! 商人連合など恐るるに足らず!! 皆の者、戦える者を掻き集めよッ!!』
『連中に思い知らせてやる……真の『王』の力をなッ!!』
『『『――我らをお導き下さい、サクマさまッ!!』』』
俺はその日、言う事を適当に言って自分の部屋――いつの間にか町長より豪華になっちまった一軒家によろよろ逃げ込んで、トイレで吐いた。
体の中から何もかもなくなっちまうんじゃないかと思う程、吐いた。
おれはこんなことをするために力を使っていたのか? って、何度も思った。
アーリアル海遊艦隊を犠牲なく追い払うには、俺が術を使えばいい。
でも、それは……人を殺すってことだ。
艦隊だけならまだ、無理じゃなかったのかもな。
風を使って船を進めないようにするとかさ。
でも商人連合の連中は、一部は逃げたが大多数が島の人間に捕まってた。
人質だよ、艦隊に対する。
それも若い連中は勝っても負けても勢い余って商人の連中も処刑するって言いだしかねない様子だった。
考えてみれば当たり前なんだよ。
島の連中は商人連合のやり口でゴミ同然の扱いを受けて死んだ奴だってそれなりにいた。
憎しみの火種が「悪い奴を追い払ったぞ」で消える訳もねぇ。
まして、俺がいることで島は『力』というバックを得た。
国力を笠に着た奴らと同じように、俺を笠に着た。
なんでこうなっちまうんだろうな、人間って。
王様扱いになった俺がなんとか押しとどめてたけど、あいつら俺の見てない所で商人をさ……。
俺、商人はどいつもこいつも欲望塗れのおっさんだと思ってたけど、商人には家族を連れて来てる奴もいるんだよ。
なぁ、それが犬の餌みたいなもん食わされて牢屋に閉じ込められて泣いてるんだぜ。
町の連中は誰一人としてそいつらを憐れまない。
マリーナちゃんも、それをおかしいと思うそぶりを見せなかった。
『私、サクマ
あの子はもはや自分で何も考えてなかった。
自分から非道に走りはしなかったけど、俺に陶酔してた。
これ、怖いんだぜ。
俺の言葉で他人が動く。
俺の口に人の命が乗っかってるんだ。
重いよ、そんなもの。
重すぎて背負えねぇよ。
俺は会社から逃げるように去ったあとでたどり着いた異世界で、手に入れた地位から逃げたんだ。
島から逃げて、人から逃げて、責任から逃げて、逃げて、逃げて……。たまたまニーベルに出くわして、なりゆきで力使って、セツナに会って……後は、もう皆が知ってることだ。
俺は、力を使えたのに我が身可愛さに今まで黙りこくってた、臆病な卑怯者なのさ。
◇ ◆
長い長い、独白。
きっと吐いて楽になりたかっただけなんだろ、と、心の中の自分が吐き捨てるように言い放つ。だれも言葉を発さない中、いの一番に問うたのは、ニーベルだった。
何となくそうだろうと思っていて、安心した。
「……住民と艦隊はどうなったんだ?」
「島の人と、船の連中。商人も含めて全員の記憶に干渉した。商人はトラブルで島に漂着しただけで、艦隊はその救助で、島は病の知識と対策と最低限の自衛手段だけ残し……『流行り病は無事去った』という記憶を与えた。もちろん所詮暗示の類だ。どっかから綻んでもとに戻るかもしれん。でも、俺はもう背負いきる覚悟がなかった」
「で、俺に出会ったんだな」
「うん」
ニーベルの声は自然体だった。
何も思っていない訳ではないだろうに、気遣ってくれているのだ。こうしてくれるニーベルの性根の優しさがあるから、こいつを友達と思えた。今まで必要以上の事を聞いてこなかったし、俺のような最低の男であっても気遣ってくれる男だから。
「奇抜な髪の色は、もしかして変装のためだったのか?」
「島を出た後もどこかで誰かが視てるんじゃないかって不安が消えなかったから、術で染めたんだ。元は黒髪だった。顔の形もな……目元とか口元とか、最低限印象が変わるように変形させてあるんだ。自分の顔見るのが気持ち悪くて一週間はゲロ吐きまくった」
「そりゃ顔だけじゃないだろうに。道理で俺と初めて会ったとき、あんなにぶっきらぼうだったわけだ」
「そんなに態度悪かったか?」
「ああ。ただし他人じゃなくて自分自身にね。だから君についていったのさ」
「……お前、相変わらず観察眼が独特だな」
そこまで知ってて何か隠していることも分かってて、それでも黙って付き合ってくれる人間がいることのありがたさを、改めて噛み締めた。
皆、いまの話が荒唐無稽で受け止め切れていなかったり、今の話に決していい感情を向けていない部分があるのを感じていた。クロエが興味なさそうにハンモックで揺れているのは例外だろう。
皆の反応が当然だ。
ニーベルが普通じゃないだけだ。
周囲が俺の弾劾を始めても、ニーベルは責めも庇いもせず、自国の非を持ち出して道理を説くだろう。
俺は会社でも島でも味方が欲しかったんじゃない。
俺はただ、理解者が欲しかっただけなのかもしれない。
と、明るいとは言い難いこの空気を突っ切ってセツナがとことこやってきて、胸に抱き着いた。
少し、不安そうな顔だった。
「ごめんなセツナ。長くて訳の分からん話に着き合わせちまって」
「そんなこと、どうでもいい」
セツナは俺の胸に顔を埋めたままくぐもった声を漏らす。
「わたしを置いて、どこにもいかない?」
「――勿論さ。言ったろ、もう逃げないって」
セツナの頭を撫でてやると、彼女は顔を上げると目を細めて受け入れ、やがてこちらに倒れ込んで寝息を立てた。
やはり長話で疲れていたのだろう。
謎だらけで無垢な彼女をしかし、この子だけは見捨てる訳にはいかないと思った。
何もかも投げ出してきた
これを手放した時、俺は本当の本当にどうしようもない人間になってしまう。投げ出したセツナが取り返しのつかないことに襲われてしまう。
守らなければ。
守り抜かなければ。
それが、異世界くんだりまで来てやっと見つけた、自分のすべきと定めた理だ。
セツナを慣れた手つきで抱えた際、無意識に視線がシオリに向いた。
彼女はサクマの話に驚いたり笑ったり口元を抑えたり、一番百面相していた。そして今は、俺と抱えられたセツナをほっとしたような顔で見つめていた。
深く他者と関わるまいとしていたのに、彼女と関わってから連鎖的にギルドというコミュニティと繋がっていった。
俺の世界は彼女と出会った頃から大きく変わった。
セツナの為に仕事をしろと言われたとき、嫌な筈なのに心のどこかでそれを口にしてくれる彼女に安心感を覚えていた。
気が付けば彼女を目で追っている自分がいる。
その事実に蓋をするように、シオリに声をかけた。
「どう思った、俺のこと?」
シオリは、こう答えた。
――責任の放棄と逃亡については、いつかきちんと償いをしましょう。
――そう考えるだけの余裕と相談できるヒトが、今のサクマさんの回りにはいます。
――それに、わたしはサクマさんにどんな過去があっても、貴方の担当冒険者です。
――相談してくれれば、島の人と違って容赦なくバシっと問題を指摘してあげます!
やる気に溢れた解答に苦笑いして生返事を返し、テントにセツナを寝かせに行き――おれは、静かに涙を流した。
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