デートへ
この一週間学校ではほとんど喋らなかった。向こうから話しかけてくることも、こちらから話しかけることもなく、いつのまにか一週間が過ぎていた。
代わりに侘実がよく話しかけてきた。加藤から聞いたようでほかの人に知られていないか心配したが、侘実以外には誰にも言っていなかったようである。
それとなくどんな感じなのかみたいなことをさぐってきたが、何も起きてないので適当に答えていた。
冷房の効いた電車のなかで僕はボックス席に座り、窓から景色を眺める。
しばらく田んぼ以外なにもない平らな地平面がつづく。
路線沿いに高い屋敷林に囲まれたひと際大きな古民家がある。大きな民家があるというだけでそこに住んでいる人を見たことはなく、いつももったいないなと感じていた。
ところが今日は家の前に黄色い車が停まっている。流れる景色の中で、民家が窓から消えてしまう直前、人が玄関から出てくるのが見えた。
ほとんどいない乗客を乗せて、電車は進む。
ガタン、ガタン、ガタン、ゴトン
目の前に結城はいない。僕はいつもとは違う目的で、結城ではないほかの人と会うために今日の電車に乗った。
ガタン、ガタン、ガタン、ゴトン
今まで見えなかった景色が見えるはずだ。
窓に左手をあてると白い跡が残り、跡がつかないように指先を立てたら、一か月近く切っていない爪がガラスと触れて掠れたような音がした。
左手を太ももの上に戻し、窓の外を眺めつづける。
レールの上をかしましい音とともに滑るように進みつづける電車は、踏切に立ち止まる人々を脇眼も振らず無心に進んでいく。
ガタン、ガタン、ガタン、ゴトン
付き合うってどんな感じなんだろう。
線路沿いの道を男性がひとり走っている。ランニングウェアを着て軽快に腕を振って走るその男性を、僕たちは追い抜かしてしまう。
男性は電車が通り過ぎても気にすることなく、まっすぐ前を向いて走り続ける。
車両の天井に吊り下げられた広告がぴらぴらと揺れる。
もう結城がいなくても大丈夫な自分になりたい。
誰かと付き合うことで足りていなかった僕の心のどこかを埋められる——
僕は再び窓ガラスに手をあてる。
冷房から発せられた冷気が熱を帯びる窓ガラスをひんやりと冷ましていくのを感じながら、もうじき待ち合わせの駅につく電車のなかで僕は床に置いたリュックを持ち上げ席を立った。
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