事件の翌日
その日はいつもより二本遅い電車で学校へ行った。
今日のクラスが気まずくなることはわかりきっていたから、間に合う最後の電車に乗った。サラリーマンやほかの学生などはこの電車で通勤・通学する人が多く、車両が一つ増えて三両編成になっているものの、席はすべて埋まっていて立つしかなかった。
教室へ入ると、どういうことなのか、なんと意外なことに普段どおり、むしろいつもよりもがやがやとしていた。
男子数人が後ろのほうにかたまってスマホを見ている。
「ギャハハハハ!!」
「一周まわってセンスあるこれは」
「なんでゴキブリなんやwww」
パネル絵に落書きしたいたずら男子は自分の席におとなしく座り、そとの音をシャットアウトして予習に没頭しているそんな様子が眼にうつった。そういうふりをしているのか本当にそうなのかはわからない。
少し離れた窓際のほうでは立華と数人の女子が集まり、高笑いする男子たちを顔をひきつらせて見ている。
——キーン、コーン、カーン、コーン
よくわからないうちにチャイムが鳴ってしまい、佐渡島が相変わらず寸分のずれなく入ってきて、ホームルームが始まった。
四限が終わって昼休みに入る。
食堂に行く者や、ほかのクラスの友達と食べる者など、各々が気ままに昼食をとる。
クラスには生徒が少なくなり僕は弁当を机の上に取り出して食べようと——
「寺木君」
加藤が横に立って話しかけてきた。
「あの画像見た?」
肩までおろした黒髪は毛先を軽く内側に丸め、思春期の女の子らしいぷっくらした頬を淡い紅色に染めている。
「……ああ、……多分見てない」
「ゴキブリ描かれてたの私たちが塗ってたとこだったよ」
「あー、そうなんだ」
僕は口だけ笑って答える。ゴキブリ?どういうことだ。
加藤がきょろきょろ周りを気にしながら、耳に顔を近づけて囁く。
「でもそこまで悪くなかった出来みたいで……」
そう言いながらスマホの画面を見せてくれた。
シンバとムファサの左によくわからないゴキブリが一匹描かれている。
なんでゴキブリなんだよと一瞬混乱したが、身を後ろに引いてしばらく眺めていると、確かに思ってたほど落書きというものでもないように感じられてきた。
空いていた草原のスペースのゴキブリがライオンに跳びかかり、対してそれを待ち受けるライオン二頭が大迫力の雄叫びを上げていると、そんなふうに解釈できなくもない。まあ、本来のストーリーからはかなり逸脱しているのだが……。
「すごいね」
加藤の眼を見て苦笑いすると、加藤も一緒に苦笑いして頷く。
先週衣替えがアナウンスされて、夏服で登校する生徒が多くなってきた。
真っ白な上着に紺色のセーラーカラーを重ね、大きく輪っかを結んだ花紺色のスカーフを胸元に垂らしている。
加藤は腰まわりのプリーツスカートを指でつまみ、控えめにあごを引いて言ってくる。
「ちょっと見に行ってこない?」
「いいよ」
僕は弁当をバッグに戻して席を立ち、加藤と共に教室をでた。
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