立華のデート

荷物を取って学校から出る。

空に浮かぶ綿雲が夕焼けの赤に染まる。


佐々木は自転車を押して歩き、それにあわせて僕も歩いて帰る。最寄り駅には向かわず、一つ先にターミナル駅——といっても田舎のそれなのでたかが知れている——があるのでそこまで一緒に歩く。


「立華から体育祭について話し合いたいって伝えてくれってお願いされたんだけど」

「ほお」

「それが佐々木の家で集まりたいって……」

「……」


佐々木が苦笑する。


「家はさすがにねえ……別に男子だけで集まるならいいんだけど」

「まあそうだよね」


妥当だ。女子好きの佐々木でもそのへんの倫理観はしっかりしている。

佐々木が歩道脇の木を見て言う。


「あいつテーマに納得してなかったから多分それだろうな」

「……シンデレラ?」

「そう」


僕も苦笑する。

自転車のタイヤが地面を転がる小気味良い音をならす。


「家に行きたいってなかなか攻めてるよね」


鼻で笑いながら口から出てしまった。


「……とにかく立華とは話してみるよ」


それだけ言って佐々木はその後むっつりと口をつぐんでしまった。





昼休み、空き教室には佐々木と立華、加藤、侘実そして僕の五人が集まっている。

佐々木と立華と加藤は前のほうに座り、侘実は少し離れて廊下側の壁に寄りかかるように立っている。そして僕は後ろのほうでひとり座っている。


そとはうららかな日差しに包まれ、照明のついていないほの暗い教室には、心地よい春の風が入り込み、意識しなければ眼を閉じて眠ってしまいそうだ。


侘実が確認する。


「つまりもっとロマンチックな要素を入れてみたいってこと?」

「そう!オリジナルのライオンキングじゃなくて、うちら風にアレンジしたやつにしたい!」


なるほどと侘実が頷き、今度は立華の背中に隠れるように控えている加藤に訊ねる。


「加藤さんもそうなの?」


加藤はびくっと身体を震わせ、机にもたれかかるように前に倒れて、視線を宙に浮かせる。そして困ってるのか笑ってるのかわからない表情をして答えた。


「……どっちかというとそう……かな」


相手を貫き透すまっすぐな視線で侘実は加藤を見据える。メガネフレームに小さく光が反射する。


「なるほど」


佐々木はめずらしく話の輪に入ろうとせず、何か考え事をしているふうにぼーっと黒板を見ている。


午前中の授業で書かれたのだろう板書が残っており、おそらく生物の内容なのだと思うが、物理選択の僕にはわからない。読みづらいカタカナ語が雑多に記され、中央に描かれたゆがんだ形の細胞に至るところから矢印が結ばれており、それらが数限りなく交差し、ひと目には授業の内容だとわからなかった。







立華はことが思いどおりに進まなかったり不安な気持ちになったりしたとき、いつも無駄にスカートをばたつかせ早歩きをして、周りに自分の存在を知らしめる。

昨日もシンデレラ風にライオンキングをアレンジしたいと提案したが、侘実と佐々木にいまいち世界観がつかめないと一蹴され、立華は昼休み終わり加藤に慰められた。

いつもいつも加藤は立華に気を遣ってくれて、立華としては自分のわがままに付き合わせてしまい——言葉にしたことはないが——申し訳なく思っている。


立華は廊下で大声を上げて馬鹿笑いする男子たちをよそ眼に、肩で風を切る勢いで教室に戻る。

昨日のことはもういい。本気でシンデレラ風ライオンキングをやりたいと考えてたわけじゃない。あとさすがに佐々木の家に行けるとも期待してなかった。

後ろの扉から教室に入ると佐々木がバッグを担いで前の扉から出ていこうとしていた。立華は急いで鞄を取り、佐々木を追いかける。


「まってー佐々木ー」


佐々木が振り返る。だが足を止めてくれない。


「シンデレラはもういいからー」


立華は息を切らせて走り、佐々木に追いついた。

佐々木が立華を一瞥して言う。


「おつかれ」

「はあー……待ってよって言ってるのに」


佐々木の右隣りに並び一緒に歩く。

立華は唾を飲み込んで、それぞれ部活へ分かれるまでに言ってしまわなければと腹をくくる。


「今週の土日空いてるー?」

「体育祭の準備?」


佐々木が見当違いなことを言ってくる。立華は首を傾げて上目遣いに佐々木の顔をのぞく。


「ちがーうー。映画見にいかなーい?」


佐々木はじっと前を向いて黙って歩いている。

少し気まずい。


「見たい映画あるんだ?」

「そう!ディズニーの!」

「いいよ。日曜の午後ならね」


立華の胸に色とりどりの花々が万華鏡のように咲き広がった。佐々木に嬉しさを伝えようとステップしながら進む。

佐々木はそんな立華を横目にしてにがそうに歯を見せたが、ほんのすこしわずかにだけど頬をほころばせていた。





その日、立華は佐々木とデートした。

待ち合わせ場所にしていた駅改札口で合流し、イオンのなかにある映画館でディズニーの新作を観た。

ポップコーンを二人の間において、始まる前にむしゃむしゃと食べる。佐々木はコーラを飲むばかりで食べようとしない。

結局映画を見終わるまでに全部立華ひとりで食べてしまった。


そのあとどうしようかという話になり、田舎なのでイオン以外に行くところもないから適当にレディースファッションのテナントを回り、そしたら歩いて疲れたのでフードコートで軽食を取った。

日曜の午後は家族連れの客が多く、特にフードコートは子供の泣き声や母親のしつこい説教じみた言いぐさが溢れかえり、立華は音に酔ってしまって全く休めなかった。


映画が面白くなかったのか佐々木があまり喋ってくれないので、部活の話を振ってみたら意外にもバドミントン部はいまけっこう面倒くさいことになっているということを話しだした。

というのは一部の一年生が無断で部活をサボっていて、そのことを三年生から咎められているらしい。特に佐々木は二年生の中でリーダー的なポジションだから、責任を押し付けられて参っているそうだ。


あんまり佐々木のしんどそうなところを見たくなかったなと、立華は話を振ってから後悔した。

明日からまた体育祭の準備が始まり、佐々木の負担は増えていくだろう。無責任なのだろうが、団長として佐々木にはこれまでのように明るくクラスを率いていってほしいと思った。

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