朝のダンス練習
————二週間ほど経って————
まだ朝日が地面と平行に差し込むそんな時間に、冷たい空気のなかで鋭い日差しが肌を熱する。
もうずいぶん深く色づいた緑の木々や草が夜間にたっぷり吸い込んだ水分を大気へと拡散させ、肌はひんやりとしているのに全身に汗をかきそうなそんな不思議な感覚になる。
今週から体育祭にむけてダンスの朝練習が始まった。
体育祭の準備が始まってから二週間ほどたった今、エンジンが駆かった最初のわくわくした気持ちは収まってきて、クラスの雰囲気としてはちょうど中だるみという言葉がふさわしい状態になっている。
今日も時間どおり集まったのはクラスの半分程度しかいなかった。申し訳なさそうに遅れた生徒たちが腰を低く駆け足で寄ってきて、いまは八割ほど揃っている。
ちなみに三鍋はまだ来てない。
校舎とグラウンドの間のアスファルトが敷かれたスペースで、空気の振動に押し倒されそうなほど馬鹿みたいに大音量でかけられた音楽に合わせて踊る。
——はい!!いち、に!!いち、に!!いち、に!!
振り付け係の女子の頭上から飛び出すような高い声が音楽に負けじと響く。
振り付け女子と団長の佐々木が前の段差に上がって踊り、僕たちはそれを見よう見まねで身体を動かす。
振り付け女子による見本動画が先週末からクラスラインで共有されていて、僕はとりあえず見てはいたものの練習していなかった。
というか初日の時点で男子は——佐々木以外——誰も振り付けを覚えていなかった。
他のクラスも外で練習しており、男子たちが他クラスからの視線を気にして、小じんまりとした動作でしか踊ろうとしない。それは僕も例外ではない。自分でも良くないよなぁとわかっていても、あいつだせえと思われたくなくて手を抜いたふうにしてしまう。
……まあ、そんなこと言うやつなんていないし、ほんとは一生懸命踊るやつのほうがかっこいいとわかってる。だけど、まわりがそうしてるから自分も流されて、ダンス練習が始まってもう数日経つのに、まだきびきびとした動きで踊れていない。
そんな僕らを振り付け女子は目ざとく注意する。
「男子なにその動き!そんな振り付け教えたおぼえない!!」
きつくポニーテールを縛った振り付け女子は、口調もはっきりいつもストレートに主張する。
僕は彼女から反対側の右端あたりで踊っていて、つい前の生徒の背中に隠れてしまいたくなる。
振り付けをワンシーンやって、音楽をかけなおすために少し間が空いた。佐々木は段差から降りて、ごちゃごちゃした生徒たちに混ざっている。
そのとき後ろのほうから、男子が小声で囁くのが聞こえた。
「また言ってるよ○○のやつ」
「ことあるごとにピーピー嫌味言う。どっかの母親かよ」
さらに別の男子が近寄ってひそひそと被せる。
「あいつ女子でも浮いてんの気づいてない、まじやべえ」
話していた男子の一人が近くを通った佐々木の腕を掴んで訴える。
「ささーきー、あいつめんどいってえ」
「まあまあ……」
「ささーきだって大変でしょ!」
口角を引き攣らせた佐々木は頭を掻いて男子たちを諭す。
「……俺は別にだけど……あんま文句言っててもしょうがないよ」
「えーでもあいつに仕切られるとやる気なくなるわー」
「ほんとそれ」
「こんな練習しても意味ないってえ」
佐々木は顔を伏せてしまう。
そんな佐々木を気に留めず男子たちはあからさまに嫌そうな顔で、腕をだらんと前におろし文句を垂れ流している。
————どうしたんだ、佐々木らしくない。
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