神千切線

エリー.ファー

神千切線

 この電車はどこへ行こうとしているのだろう。大きな振動が二回ほどあったが、すぐに滑らかになった。今は小さな振動すらない。静かである。

 僕は車窓から見える景色に驚いていた。

 鏡だったからだ。

 あたり一面、鏡なのである。

 電車の表面が見える上に、驚いている僕の表情もそこにある。両隣の車両が明かりがついているだけで誰も乗っていないことも分かる。

 貸切のようだ。

 得をした気になる。

 そもそも、切符を買っていたか考えてしまう。

 忘れた。

 まぁ、降りてから職員に相談をすればいいだけのことだ。別に無賃乗車をするつもりだったわけではない。

「あの」

 いつの間にか子供が隣に座っていた。

「何かな」

「この列車がどこに行くか知ってますか」

「分からないな」

「そうですか」

「ただ、もしも僕が行こうとしている場所に向かっていないなら運転席に行って、無理矢理行き先を変えるつもりだよ」

「できますか」

「どうだろうなぁ。ただ、たぶんだけどね。もう、できてる」

「凄いですね」

「そうなんだよ。僕はねぇ、凄いんだ」

 僕は鼻で笑った。

「いつから、そういうことができるようになったんですか」

「たぶんだけどね。生まれてからずっとそうなんだ」

「そうですか」

「そう。僕って例外なんだよなぁ」

「羨ましいです」

「どこに行くつもりだったんだい」

「さようなら」

 子どもの姿はない。

 しかし、僕は少しも寂しくはなかった。



 

 雨の夜。

 一人、静かに。

 街を見下ろしていた。

 何もかも、忘れられそうな時間である。

 つまり。

 僕という存在は。

 これまでも、これからも、ずっと。

 あなたを自由にしてくれる。

 求められる限り、何度でも現れて、何度でも殺しを重ねる。

 余りにも残酷だと。

 余りにも潔いと。

 余りにも清潔だと。

 誰もが思う。




 健全からほど遠い世界がそこにある。

 知識では築くことのできない城がそこにある。

 忘却とは、どういう意味なのか。

 考えなければならない。

 終えてから考えなければならない。



 この校舎には呪いがかかっている。

 そのため、解くしかない。

 帰れないから。

 高校生をやめることができなくなってしまうから。

 青春は籠のようなもので、忘れられないように罠を張り巡らせているから。

 困ったことに、そんな青春が放つ魅力に、私も私以外の誰かも虜になっているのだから。

 寂しい色を混ぜて、私を作り出してくれるのなら感謝しかない。

 神様。

 この校舎から出してくれるなら、生贄を捧げましょう。

 生贄になってもいいと思っています。

 本当です。

 これは、人間の思考を逸脱してこそ見えてくる真実なのです。

 神様。

 お願いですから、僕の下僕になって下さい。

 土下座もします。靴も舐めます。踏み台として使って頂いても構いませんから。

 僕の奴隷になって下さい。

 僕は、この校舎の中でずっと影を探し続けていたのです。

 真実によく似た都合のいい思い出をこの手の中に飼い続けていたのです。




 世界の足音を未来が聞いている。

 その逆はありあえない。

 意味が分かりますか。

 応答せよ。




「これは、なんだ」

「さあ、なんでしょう。でも、メッセージであることは間違いありません」

「信じてみたくなるな」

「もう、信じてしまっているのではありませんか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神千切線 エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ