エデンの果実

天沢壱成

第1話 原点の罪

 ––––どこかにあった、命と緑が溢れる地。


「ねぇ、兄さま」

「なんだい、エバ」

「ここは、平和だけれど退屈ね」

「それはとても素晴らしいことだよ」


 ––––二人の『人間』がいた。


「ねぇ、兄さま」

「なんだい、エバ」

「お腹が空いたわ。お父様は、どうして『アレ』を食べてはいけないと言うの?」

「死んでしまうと言われているだろう?それが答えさ」


 ––––善悪も知らない『人間』であった。

 兎は野を駆け、鹿は水を飲み、馬は草葉を食べ、鳥は囀り、蛇は木を登る。

 命の喝采が、ここにはあった。


「やぁエバちゃん」

「あなたは誰?」

「僕はただの『蛇』さ。それよりキミは、どうしてあの『実』を食べないんだい?」

「食べてはいけないと、お父様に言われているからよ。死んでしまうの」


 ––––そこは幸福と笑顔に溢れ、不幸や涙なんてものは存在していなかった。


「やぁエバちゃん」

「あなたは誰?」

「僕はただの『蛇』さ。あの『実』を食べたら死んでしまうなんて、そんなのはお父上の嘘さ」

「どうしてわかるの?」

「僕は食べたことがあるからさ。とても美味しいよ。エバちゃんもきっと好きになる」


 ––––だからきっと、そこには死への恐怖もなく。


「やぁエバちゃん」

「こんにちわ、優しい『蛇』さん」

「僕はただの『蛇』さ。さぁエバちゃん。あの『実』を食べる気にはなったかい?」

「ええ。言われた通りにするわ。でも、どうしてそんなにあの『実』を食べてほしいの?」

「それはね。……僕がただの『蛇』だからさ」



 ––––人はそこを、楽園と呼ぶのかも知れない。


 


 

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