第5話 黄金騎士
「待たせて済まなかったな。私はこのアーファス地方を治める辺境伯――ヒルベルト=ガルームだ。娘と侍女を助けてくれたことを心より感謝する。本当にありがとう」
すっと丁寧に頭を下げる領主殿に、俺は首を横に振って言った。
「いや、気にしないでくれ。助けることができたのは本当に偶然のようなものだからな。それより二人の心のケアをどうかよろしく頼みたい」
「ああ、もちろんだ。貴殿の心遣いに改めて感謝する。ところでその立ち振る舞いと実力を見るに、貴殿は騎士……のようには見えぬが冒険者か?」
「いや、その登録に向かう途中の身だ。なのでできればギルドの場所を教えてもらえるとありがたいのだが……」
「ふむ、そうか。では明朝案内させるゆえ、今宵は礼も兼ねて我が屋敷にてゆっくり休むがよい」
「おお、それはありがたい。心遣い痛み入る」
ぺこり、と頭を下げ、俺はぴのことともに応接室をあとにしたのだった。
◇
その夜のことだ。
ご馳走と美味い酒をたらふくいただいて大満足のままベッドに寝転がった俺は、向こうの世界よりもかなり大きめの満月を窓越しにぼーっと見やりながら言った。
「なあ、ぴのこ」
「はい、なんでしょうか?」
「あなたにはまだ伝えていなかったのだが――俺は〝素人童貞〟なんだ」
「え、なんですかその世界一興味の湧かない情報は……」
引き気味に半眼を向けてくるぴのこに、俺はその真意を告げる。
「いや、よくあるだろう? こういう場面で実はこっちの方が本当のお礼だったんです的な」
「あー……つまりあれですか? このあとあのメイドさん辺りが夜這いに来ると?」
「ああ、俺はそう睨んでいる。そこで先ほどの話に戻るわけだ」
「……なるほど。プロではない素人の女性を相手に上手くできるか心配だと……」
「いや、逆に興奮しすぎてマジカルがパンツからはみ出している。ほら、こんな感じだ」
「どれどれとはなりませんよ!? 年頃のレディに一体何を見せようとしてるんですか!?」
いきり立って声を荒らげてくるぴのこだが、その時ふいに部屋の扉がノックされる。
『――ラティアです。もうおやすみになられてしまいましたか?』
「え、本当に来たんですか!? 嘘ぉ!?」
「ふ、やはりな」
がーんっ、とぴのこが素でショックを受ける中、俺は身体を起こしながらラティアさんに言った。
「いや、まだ起きている。どうぞ入ってくれ」
『失礼します』
――がちゃり。
丁寧に一礼した後、ラティアさんはベッド脇まで近づいてきて言った。
「実はゲンジさまにお見せしたいものがありまして。これからよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ」
頷き、俺たちはラティアさんのあとに続いて移動を開始する。
(一体どこに連れていく気なのでしょうか?)
(ふむ、これはもしかしたら〝あれ〟かもしれんな)
(〝あれ〟?)
(ああ。貴族というのは礼節や誇りを何よりも重んじるという。その貴族のお嬢さまが命を救われたのだ。ならばそれ相応の対価を以て応えねばならぬだろう)
(つ、つまりどういうことですか?)
ごくりと固唾を呑み込むぴのこに、俺は至極真剣な面持ちで答えたのだった。
(――お嬢さまの純潔。それが今宵俺に与えられる対価だ)
(な、なんですってー!?)
◇
そうして俺たちが案内されたのは屋敷の離れにある礼拝堂のような場所だった。
「来てくださったのですね。お待ちしておりました」
俺の予想通り、そこにはミモザお嬢さまの姿があり、両手でスカートを摘まみ上げながら優雅にお辞儀をする。
どうやら天窓から光が入る造りになっているようで、月明かりに照らされたお嬢さまはまさに神秘的な雰囲気に包まれていた。
「なるほど。はじめては神の御前でというわけか。これはもうママ確定だな」
「はわわわわ……っ!?」
ぴのこが青い顔でぷるぷるする中、俺は種付けオーラを全開にしてお嬢さまのもとへと赴く。
「むっ?」
だがそこでふと俺の目に入ったのは、彼女の後ろで雄々しき咆吼を上げている金色の像だった。
「それは狼か?」
「はい。これは我がガルーム家に代々伝わるものでして、《
「ほう、よい名だな」
「え、よい名ですか……?」
胡乱な瞳を向けてくるぴのこだが、まあそう言いたくなる気持ちもわからなくはない。
〝送り狼〟とはその名のとおり女性を家に送り届ける際、隙につけ込んで美味しくいただく的なやつのことだからな。
俺の中ではプレイボーイ的な感じに思っているのだが、親切を装ったレイプ魔のことをそう呼んだりもするので、ぴのこ的にはそっちの方だと思っているのだろう。
「実はこの鎧には一つの伝承が残されておりまして」
「伝承?」
「はい。〝その者宿すは神の雛鳥、これ黒き剛直を持ちて月満つる夜、金色に輝かん〟」
「ほう」
「いや、その顔は絶対分かってないやつですよね?」
再び半眼を向けてくるぴのこにふっと口元を緩めつつ、俺は言った。
「要はそいつが俺の鎧かもしれんということだろう? それだけ分かれば十分だ」
「つまりほかはよく分かんなかったんですね……」
がっくりとぴのこが肩を落とす中、俺は背の《天牙》を抜き、その切っ先を眼前の狼に突きつけて言った。
「よかろう! ならばお前の力、この俺がもらってやる! そう、俺がお前の〝送り狼〟だ!」
「いや、それはなんか違うような……って、えっ?」
「――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」
その瞬間、突如狼の像が雄叫びを上げ、バキンッと身体をいくつもの部位に分かれさせながら真っ直ぐ俺のもとへと飛んできた。
そしてまるでアニメの鎧装着シーンの如く俺の脛、腿、腰と下から順に鎧が装着され、最後に顔を狼面が覆い、ばさっとマントが現れる。
まさに黄金騎士。
今ここに史上最強の種付けおじさんが誕生したのである。
が。
「いや、だっさ!? なんか凄いかっこいい感出してますけど、ぱっと見ただの金ピカデブ犬人間ですよおじさま!?」
「ただの金ピカデブ犬人間……」
いや、言い方……。
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