第26話『エピローグ』

 少年は荒野をひた走っていた。


 何処かに向かうことを急がされていた。

 でも、何処かは分からない。


 何かから、逃げなければいけないような気もする。

 でも、何か分からない。


 この広大な荒野の中、自身が向かっている方向も、その先に何があるのかも、どこを目ざしているのかも分からないまま、ただ体を前に進めている。


 しかしそれにも、限界というものがある。進む速度はだんだんと遅くなっていき、ついに土の上に座り込んだ。何処かに向かわなければ行けないのは覚えている。どうして、その何処かが分からないのか、が分からない。



 少年の横を1台のバンが通り抜けて行った。土埃の中に消えるそれを目で追っていれば、車が止まり、バン!とドアが閉まった音がした。


 誰かがこちらに近づいてくる。暗めの色をしたローブが、風に遊ばれて靡いている。


「君、名前は?」


 と、少年の前にしゃがむと話し始めた。


「ー、」

「どうしてこんなところに」

「何処かに向かわないと行けなくて、でも、その何処かが分からないんです」

「ふーん、まぁいいや、乗ってきなよ」

「え?」


 車、とローブの男は離れて止めてあったバンを指さす。


「俺なら、君の探しているところまで連れて行けるよ。急いでるんでしょ?なら、早く」


 今にも折れそうな細さの少年の腕を引いて、バンに連れていく。


「お兄さん、名前は?」

「名前?そんなものはないよ」


 少年を乗せたバンが動き出す。




「ねぇ、」

「ん?」


 男は足場の上でレンガを積んでいた手を止め、下からの呼び掛けに応じた。

 壊された塔の修復作業中なのである。


「ここにリンゴがひとつある。このリンゴから手を離したら、このリンゴはどうなるでしょうか」


 まーた始まった、と彼は小さく息を吐く。塔の下にイスを広げ、暇を持て余す坊っちゃんの暇つぶしに付き合ってやらねばならない。なぜ、こいつが坊っちゃんと呼ばれるようになったかは覚えていない。仲間がそう呼ぶから、それに倣っているだけだ。


 落ちるんじゃないですか、と道理であるにも関わらず、彼には当てはまらない答えを出した。そうしないと坊っちゃんが満足しないのを知っているから。


 リンゴから手を離す。

 リンゴはそこに浮いたまま。


「落ちるわけないじゃん」

「まあ、ですよね」


 知ってますよ、貴方、重力操作使えるじゃないですか、なんて言ってはいけない。

 この坊っちゃんが拗ねるとめんどくさいのである。


 坊っちゃんより高いところにいる彼が、あるものを見つけた。

 荒野の遠くから迫り来る土煙。白いバンが土色に浮いている。


「ほら、車、帰ってきたよ」


 ふーん、と形だけの相槌を打って、坊っちゃんは椅子から立ち上がる。


「ねぇ、」

「はいはい、次はなんですか?」


 レンガを持ったまま、男はそう言った。今度は、手を止めず、坊っちゃんの顔も見なかった。



「次のGivenは誰だと思う?」



 Givenの文字に、男の動きが一瞬止まった。

 しかしそれも刹那で、また何事も無かったかのように作業に戻る。


「さあね。それは、神のみぞ知るってやつだから」


 ふーん、と面白くなさそうな坊っちゃんの返事が塔の下からした。



 END

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