第25話『手に入れたかった結末は』
時間を止めた爆風の中を、塔の方向に向かって歩いている。
足取りはゆっくりで今にも止まりそうだ。
1歩1歩、目の前の光景が信じられず、ついに膝ががくりと折れた。今更ながら気がついたが、塔から遠ざけられていた。気がつけなかった。
やっと力になれる、とそればかりで。
時を止める前に手から滑り落ちた通信機は、足元で粉々に砕けた。
シノさんの声が、耳の中から離れようとしない。
また、みんなのことを守れなかった。
それだけが空っぽの体と頭の中をぐるぐると走り回る。
光の刺さない目で、目の前の塔が粉々に砕け散る様を、眺めることしかできない。
「お、見つけた、」
聞きなれた声が、うなだれていた自分の頭上からした。
止めた時の中、白衣をまとった2人はゆっくりとこちらに歩いてくる。
「何驚いてるのさ。言ったじゃん、またすぐ会えるよって」
ノイズがひどくて聞き取れなかったか、なんて、驚いて言葉も出ない僕を見て、シノさんは笑う。
「何に驚いてるの?なんで俺らが生きてるか?それとも、止めた時の中を歩いているのか?」
あぁどっちもでしょ、なんて楽しそうに答える。
「……皆は」
「あの塔の中。言っておくけど、皆の総意だからね?塔を爆破したのは。まぁ、それしか方法がなかったってのもあるけど」
あっけらかんと言い切るシノさんの襟元を掴んだ。
「僕を塔から遠ざけたのは」
「君に死なれると困るから」
「……なんで守ったの、僕は死なないのに」
「君が1人で戦う必要ないって伝えたかった」
だって、とシノさんは話を続ける。
「この物語は2周目だろ」
それは、僕しか知らない秘密。
何故それを貴方が知っているの。
「1周目。その時も俺らは君を拾って能力付与を行った。その時に(時間操作)を付与されて、1周目の未来を変えたく、時を戻して2周目。でもやっぱり、変えることはできませんでした、ってところだろ」
何も返せない僕を見て、当たりかと嬉しそうな彼の声が、また癪に障る。
「そもそも詰めが甘かったんだよ。1回目の能力付与の傷跡をどうして消さなかった。そして、どうして拾われにきた。塔の場所を知っていたんだ」
もう何も言えなくて、シノさんの襟元から手を離した。
「まぁ、いい。君が2周もやり直してくれたことで、こちらの目的も達成できたんだから。それは感謝しないとな」
「……目的?」
「能力者と普通の人、強いのはどっちでしょうか」
話を逸らされて、いきなり始まった質問に何も返せないでいた。シノさんの後ろの先生に困惑の目線を向けてみても、答えてみろ、と返ってきた視線が言っている。
能力者と答えた。残念と返ってくる。
「正解は(能力を与える者)。そんなの選択肢に無いなんてのはなしだぜ。考えてみろよ、先天性で能力を持った人間がこの世に生まれた例は無いだろ。じゃあ、俺ら能力持ちは後天的に付与された事になる。誰か、に違いはあれど、(能力を与える者)が居ることは変わらない」
だから、この答えは成り立つのだと。
「(能力の与える者)はGivenと呼ばれている。頭の良いレイなら、もう目的は分かったんじゃないの」
「……僕をGivenにすること」
「正解。大正解。やっぱり頭がいいね。見込んだ通りだ」
うんうんと満足気に頷くシノさん。
先程までの疲れきった彼はどこかに行って、全くの別人の様だ。
「いつから」
「君と出会った時から、ずーっと。なんならこの物語はそのために作ったまでもある」
シノさんは、こちらを見て言い切った。湧き上がる怒りが、自分の声を大きくさせる。
「それだったら、みんなを巻き込まなくても良かったのに!」
シノさんは、くははと、体を折って笑う。
「分かってないなぁ。それだと、楽しくないじゃない。役者は多い方がいいでしょ。物語に深みも出る」
逃げようとした僕の腕を、シノさんが掴んだ。ギリっと力を入れられて、逃げられない。
「僕はGivenなんかじゃない」
「Givenはね、死なないんだよ。君が能力を二重保持していることは、ブースト材の数でわかってる。(時間操作)と(不死)ってことだ」
カラカラに乾いた口の中、舌は無意識に、いつの間にか生えてきた牙をなぞった。
どうすれば、自分がGivenでないと分かってもらえるか。頭を必死に回転させる。
そんな中、シノさんは最後のトドメを刺してきた。
「あぁ、そうだ。Givenになると牙も生えるんだってね」
定期検診。
見ていたものは、シルシだけではなく。
「そろそろ認めなよ。もうこっちサイドだって。
ようこそ。Givenの世界へ」
にぃっと笑った2人の口からは、ちろりと牙が覗く。
それで、やっと、逃げられないことを理解した。
遅すぎた。なにもかも。
僕の叫び声が3人だけの世界に響き渡った。
座り込んで項垂れるレイの頭を、イオリは掴んで持ち上げて、首筋に注射器を刺した。
中身は赤黒い血でいっぱいで、ちゅうっと彼の体に流れていく。
されるがまま、打ち終わった後に手を離せば、また彼は項垂れた。
まるで、糸の切れた操り人形のようだった。
再び上がった顔、もうその瞳に迷いはない。
うっすらと赤く染る彼の両目。
冷酷な視線すら纏う。
「レイ?レイはGivenだよね?」
シノの問いかけに、レイの頭はこくりと縦に揺レイ。
「Givenの目的は?」
「……強さを知らしめることと、この世界を僕らのものにすること」
「正解。よく出来ました」
さぁ行こうと、塔に背を向けて歩き始めた3人。
レイがパチンと指を鳴らせば、止まっていた時は動き始める。
ガラガラと後ろで塔が崩れていった。
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